08 再会はいつもピンチ
燃えさかる、巨大な火球!
フォルアがエルディファへ向けて放ったその魔法を、五行術式の装備を纏ったレイアストが、拳で弾き返す!
その衝撃で大幅に威力を弱め、バラバラに砕けた火球は、この場に張られている結界に多生のダメージを与えながら消滅していった!
(あ、危なかった……!)
「あら……やるじゃない、レイアスト」
安堵するレイアストに、炎魔法を破られたはずのエルディファは、妹の成長を喜ぶように、どこか余裕を見せながらニコリと笑う。
そんな姉に注意を払いながら、フェイント気味に標的にされていたエルディファに「大丈夫ですか?」と声をかけると、彼女からは平然とした感じで「モチのろん!」と返ってきた。
もしかしたら、助けに入らなくてもなんとかしてたのかも……そんな事を考えつつ、レイアストはフォルアに向き合う!
「それにしても、レイアスト……貴女、その格好……」
「うっ……!」
転身したレイアストを、フォルアは上から下まで舐めるようにして視線を向ける。
この、金髪縦ロール半狐面の武装巫女といった出で立ち……どうせまた理解されずに、ダメ出しされるのだろうと身構えていた所に、思わぬ言葉が投げつけられた!
「すごく良いわね!」
「え……?」
「異国か辺境の民族衣装といった感じで、エキゾチックな雰囲気が際立っているわ!ワタクシの正装とは真逆なコンセプトが、引き立て役としてはピッタリね!」
「そ、そういう物なんですか……?」
ファッションには疎いレイアストにしてみれば、姉の言葉が正しいのかはわからない。
しかし、彼女の言葉には本気の響きが感じられ、どうやら皮肉っぽい意味では無さそうだというのは感じられた。
(……ま、まぁ、刺客であるお姉様に褒められても、何がどうなる訳ではないけど)
ほんの少しだけ絆されそうになる心に活を入れ、戦いに集中しようとしたレイアストの視界の端に、フォルアへと向かうエルディファの姿が映り込んだ!
「そうやって、レイアストにばかり気を取られていると、背中がお留守になってしまうぞ!」
「なるわけないでしょう」
背後から迫るエルディファの声に、振り向きもせずに言葉を返したエルディファは、そのまま次なる魔法を発動させる!
「巨岩兵召喚!」
フォルアの力ある真言に呼応して、大地が隆起して人型の岩の塊が現れると、エルディファの前に立ちふさがった!
「炎の次は土属性だと……!?」
「気をつけてください、エルディファさん!フォルアお姉様は、様々な属性の魔法を使いこなします!」
「なにっ!?」
さすがのエルディファも、レイアストの言葉に驚きの表情を浮かべる!
そもそも、魔族は生まれもった魔力特性に沿って、自身が得意とする属性の魔法を極める者がほとんどだ。
その方が、下手に別系統の魔法を覚えて器用貧乏になるよりも、はるかに効率が良いし、強くもなれるからである。
しかし、フォルアは生まれながらに肉体的な脆弱さの代わりに、魔法特化という特性を備えており、様々な属性の魔法を上位魔族以上の精度で使いこなす事ができた。
それ故に、『万魔』の異名を以て、魔王軍において確固たる地位を得ているのである!
「なるほど、それはすごいな!」
レイアストの説明に耳を傾け、襲いかかってくる岩の巨兵の攻撃を軽々とかわしながら、エルディファは感嘆の言葉を漏らした。
そんな素直なエルフの感想に、少しだけ気をよくしたフォルアは、「フフン」と鼻をならす。
「貴女はこちらのケリがつくまで、その子と遊んでいなさい」
そう言ってエルディファ達へ背中を向けると、フォルアは再びレイアストと正面から対峙した。
「さぁ、続きよ」
「くっ……!」
戦う意思の消えていないレイアストへ向けて、またもフォルアは違う属性の魔法が発動させる!
「水球散弾!」
先程の炎魔法とは逆に、今度はパチンコ玉ほどの大きさの水球が、大量にフォルアの周りに発現し、それが一斉にレイアストへ向かって撃ち出された!
文字通り、散弾銃さながらに周囲を抉りつつ襲いかかる無数の水滴を、レイアストは土気で壁を形成する事でなんとか受け止める!
「あら……これも防ぎきるのね。大したものだわ、レイアスト」
「っ……」
上から目線でありながらも、本心から褒めているようなフォルアの言動に、レイアストはギュッと唇を引き締めた。
それは認められている小さな喜びと、うまく力が振るえていない自分の不甲斐なさのためである。
(やっぱり、アガルイアお兄様と戦った時より、出力が落ちてる……)
軽く拳を握り、そして開いてを繰り返しながら、レイアストはその感覚が気のせいでなかった事を確信した。
もしも、あの時の戦いと同じだけの力が出せていれば、アガルイアの雷を引き裂いたように、フォルアが繰り出す様々な魔法も一瞬で掻き消せていただろう。
だが、今のレイアストには、とてもそんな真似はできそうにない。
いったい、何が足りないのか……それとも、あの時は初めての転身だったからこそ出せたパワーなのだろうか?
原因のわからない不調に、レイアストの心の中ではジリジリと焦りが沸いてくる。
そんな彼女の心の内を知ってか知らずか、フォルアは更なる追い討ちをかけようと、再度違う属性の魔法を発動させようとしていた!
「さぁ、レイアスト……貴女がワタクシの足元にひれ伏すまで、たっぷりと付き合ってあげるわ♥️」
どこか楽しげな様子の姉の姿に、レイアストは怖じけつきそうな心を奮い起たせて構えを取った!
◆
──王都の結界構築作業が一段落した、モンドとマストルアージは、レイアストが修行するエルディファの結界を訪ねるために、郊外の森の中を進んでいた。
「先生、ほら早く行きましょう!」
「少し落ち着けよ、モンド。レイアストの嬢ちゃんは逃げやしねえだろ」
「それはそうですけど……」
「ったく、久々に嬢ちゃんに会えるからって、浮かれすぎだろ」
呆れながら諭すように言うマストルアージに、モンドもバツの悪そうな笑みを浮かべる。
そんな師に指摘されるまでもなく、モンドは明らかに自分のテンションが高い事を自覚していた。
それというのも、昨晩の師との会話で様々なしがらみを吹っ切り、まずは自分の気持ちに正直になろうと決意したためだ。
気持ちに蓋をしていた分、想いを解放した今のモンドは、一刻も早くレイアストに会いたいと心が急いでいた。
だが、その時!
突然、彼らが向かう先から、軋むような破壊音が響き、次いで巨大な魔力が弾けたような波動が叩きつけられる!
「な、なんですか……今のすごい魔力は!?」
「それに、あの衝撃……まさか、エルディファの結界に何かあったんじゃねえだろうな?」
思わず呟いたマストルアージと同様に、モンドもまた言い様のない不安感に襲われて身震いした。
これはただ事ではない……しかも、レイアスト達のいる方向から、あの不吉な音は聞こえてきたのだ!
そう理解した瞬間、モンドはマストルアージが止める声も聞こえず、エルディファの結界へ向けて全力で駆け出していた!
◆
「どうしたの、レイアスト!守ってばかりでは、ワタクシに勝てないわよ!」
炎、水弾に続き、雷や冷気といった様々な属性の魔法を繰り出すフォルアの前に、レイアストはただひたすらに防戦を強いられる!
それでも、時々は魔法の合間を縫って反撃に移ろうとするのだが、彼女はがフォルアの攻撃に弱点属性を合わせようとすると、相手の属性がコロコロと変わるために、まともに照準を合わせる事ができなかった!
(ううっ……このままじゃ……)
今はまだ、五行術式の加護を受けているから耐えられているが、やがてこのコスチュームが破壊されれば、もはや蹂躙されるのみだろう。
そして、それが遠くない未来である事は、レイアスト自身も感じている事だった。
(やっぱり……私だけじゃ、ダメだよ……)
アガルイアを撃退し、エルディファと修行を積んで、それなりに実力はつけたつもりだ。
だが、こうした格上の魔法使いが相手に自分一人で向き合えば、とたんに手も足も出せなくなってしまう。
それでも、落ちついて状況を伺えば多少の反撃は可能だったし、そこから逆転の目も無くはなかったのだが、今の追い詰められたレイアストに、平常心を保てるほどの余裕など有りはしなかった。
「さぁ、そろそろ大きいのをいくわよぉ!」
トドメとばかりに、両手を掲げたフォルアの頭上に強大な魔力が迸る!
それは、ガクリと膝を付いたレイアストの頭上で業火の塊となり、彼女へ向けて振り落されるのを待つばかりとなった!
(こんな物を食らえば、ひとたまりもないだろうな……)
どこか冷静に分析する頭の片隅で、走馬灯のように流れるのは、魔王城を出てからの日々の思い出。
そして、自分でも思っていた以上に心に焼き付けられていた、少年への想い。
「……………………モンドくん」
すがるように、別れを告げるように、レイアストはか細く愛しい少年の名を呼んだ。
次の瞬間!
「うわあぁぁぁぁっ!」
「え……ぎゃっぴっ!」
突如、横合いからフォルアに向かって突っ込んできた小柄な人影に体当たりされ、彼女は珍妙な悲鳴をあげながら地面を転がる!
勢い余って、自分も倒れてしまったその人影は、体に付いた土を払いながら、ゆっくりと立ち上がった。
そんな彼から、レイアストは目が離せない!
一度ならず、二度……いや、川で流されていた時も含めると三度目だ。
こんな絶妙のタイミングで、また助けてくれるなんて……そんな事があっていいのだろうか?
もう、これは運命としか思えない!
「大丈夫ですか、レイアさん」
体感時間にして、約三ヶ月ぶりに再会した少年!
微笑みを浮かべながら、こちらに手を差し出すモンドの姿に、レイアストの瞳はじわりと滲み、熱く朱に染まった頬を涙が伝う!
呼吸をする事も忘れかけたレイアスト耳に、自分の心臓の鼓動がうるさいほどに高鳴る音だけが、ただただ響いていた。




