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10 『魂霊合身の儀』

「……なんだかわからんが、攻撃をたまたま防いだ程度で調子に乗るなよ!」

 まるで、雷そのものを吐き出すように、激昂したアガルイアの声がビリビリと空気を震わせる!

 それを受けて、封印されていた力に覚醒したレイアストは、怯む事無く正面から受けて立っていた!

 だが……。


(うわあぁぁっ!こ、怖いぃぃっ!)

 内心では、泣きたくなるような恐怖にかろうじて耐えていだけのレイアストは、自分の力がまだ上手く使えていない事を知った。

 実際、今のアガルイアの隙をついた攻撃も、心の中では「全力レイアストパンチ!相手は死ぬ!」といった勢いで放ったにも関わらず、大したダメージは与えられていない。

 母、フレアマールから与えられた彼女の戦闘知識は確かにレイアストの中に息づいてはいるが、それがすぐさま使いこなせるかといえば、そう上手くはいかないようだった。


(くっ……こうなったら、私が戦うよりも援護に回って、もっと上手く戦える人に任せる方が得策だわっ!)

 素早く思考を切り替え、レイアストは母の知識の中にあった、ひとつの術式を展開させる!


聖少女領域(ホーリーフィールド)!」


 レイアストの力ある詠唱と共に、彼女を中心とした半球状の光が広がり、周囲を覆い尽くす!

 謎の力場が発生した事に魔族達は警戒するが、人間達の間から驚嘆の声があがった事で、レイアストの作り出したフィールドの効能を知った!


「な、なんだこの光は……」

「傷が……癒されていく!?」

「あったかいナリ……」

 初手の罠だった爆発魔法や、アガルイアの電撃の嵐で少なくないダメージを負っていたはずの衛兵達が、力を取り戻して立ち上がってくる!

 さらに、モンドも己の傷や体力が回復していく事に驚きつつ、それらの奇跡を起こしたであろうレイアストを、キラキラした瞳で見つめていた。


(フフフ……そんなに熱い視線を向けられると、照れちゃうわ)

 ──『聖少女領域』。

 母フレアマールから授かった技術であるこの魔力フィールドは、味方の傷や疲労を自動的に癒していく効果がある。

 本来ならかなりの魔力を消費し、範囲ももっと狭いのだが、覚醒したレイアストの力ならば現状のような広い範囲を覆う事も可能だった!


「すごい……こんな優しい力の使い方があるなんて、僕は知りませんでした」

 モンドから尊敬の目で見られる事が、レイアストにとって少しくすぐったくもあるが、とても心地いい。

 そんな機会を作れたのは、母から授かった知識のおかげであり、レイアストは内心で母への感謝の言葉を捧げていた。

 

「フン、どうやら落ちこぼれが、何か面倒な力に目覚めたようだが……」

 周囲の人間達が復活してくる様子を一瞥して、アガルイアは動揺する部下達に狼狽えるなと檄を飛ばす!

「雑魚どもがいくら立ち上がろうとも、俺の敵ではない!回復する間も無くぶち殺せば、問題ないわぁ!」

 怒気に似た口調で両手を掲げたアガルイアの頭上にプラズマ光が走り、雷で形成された竜が形どられていく!


「お前らごときに使うのは癪だが、俺の最大出力魔法を見せてやろう!」

 アガルイアが注ぐ魔力に呼応して、雷の竜が落雷じみた咆哮をあげる!

 その衝撃で震える大気が肌を打ち、見る者は心が折れそうになるほどの迫力があった!

 だが!


「おっと、そんな馬鹿みてぇな大魔法を、こんな場所で使わせる訳にはいかねぇな」

 不意に、どこか飄々とした声が響き、続いて光の魔力で作られたロープが、獲物を狙う蛇のようにアガルイアを含む魔族兵達を捉え、がんじがらめにしながらその場に固定する!

「ぐっ!」

 魔力のロープに絡め取られた瞬間に、魔法の発動が阻止されてしまったのか、雷の竜はため息のような呼気を残して虚空に霧散してしまう!

 それを見て、アガルイアは悔しげにギリギリと歯を食いしばった!


「なんだ……これはぁ!」

 大魔法の発動を邪魔をした、光のロープを引きちぎろうとアガルイアは力を込めるが、ギシギシと軋むものの千切れるような気配はない!

「残念だが、俺の『拘束魔術(スペルバインド)』はそうそう破れるもんじゃないぜ」

 そんな声と共に、瓦礫の影から姿を現す一人のおっさん!

 言わずと知れた、かつて英雄一行の一人、大魔術師のマストルアージである!


「マストルアージさん!」

「先生!」

「おうよ!こいつ全員捕らえる隙を狙って隠れてたんだが、お前らが注意を引いてくれて助かったぜ」

 お陰でおいしい所を持っていけたと、マストルアージはにんまりと笑う。

 しかし、チラリとレイアストの方を見ると、フッ……と懐かしむような表情を浮かべた。


「この『聖少女領域』……そうかもしれないとは思っていたが、お前さん本当にフレアの……フレアマールの娘なんだな」

「え……マストルアージさんは、お母さんを知ってるんですか!?」

 まさかの発言に、詰め寄ろうとするレイアストをなだめながら、マストルアージはフレアマールとの関係性について語ろうとした。

 しかし、横から響いてきた怒声に、彼の語りは中断される!


「貴様らあぁぁっ!俺を前に、余裕かましてんじゃねぇぞおぉぉぉっ!」

「おおっと、雷神さまがお怒りだ。フレアの話は、事が済んでからな」

 血管が切れそうなほどの憤怒に身を焦がしながら、アガルイアが拘束魔術を振り切ろうと魔力を迸らせるのを見て、マストルアージも拘束魔法に魔力を注ぐ!

 しかし、身動きが取れない状態だというのに一向に気力が衰えない兄に、レイアストは背筋が冷たくなるのを感じていた。


 そもそも、何故マストルアージはアガルイア達に対して、捕獲という手段を選んだのだろうか。

 彼ほどの魔術師が不意打ちをしたのだから、倒すつもりだったなら倒せていた可能性は高い。

 それが気になって、レイアストがマストルアージに尋ねると、彼は何でもない事のように口の端を上げて笑みを浮かべる。


「ま、一応はお前さんの兄貴みたいだしな。事情はありそうだが、目の前で殺るのもなんだろう?」

「マストルアージさん……」

 そんな彼の気遣いが、レイアストに響く。

 今まで、彼女の周りに居た大人とはまったく違う対応をしてくれる彼に、レイアストは改めて尊敬の念を抱いた。


「ぐおおぉぉおっ!」

「無駄無駄。いくら力を込めても、そう簡単に解けないって……ん!」

 余裕を保っていたマストルアージの口から漏れる、小さな驚きの言葉!

 そして、横顔に流れる一筋の汗にとても嫌な予感がして、レイアストは恐る恐る魔術師に尋ねた。


「ど、どうしたんですか、マストルアージさん?」

「まずい……『拘束魔術』が解けそう……」

「えっ!? さっきまで、すごい余裕だったのに!?」

「おっさんになると、持続力がね……若いころみたいに、一晩中でもヤレるって訳にはいかないんだよ……」

 しみじみと呟くマストルアージの横顔には、歳を重ねた故の哀愁が漂っている。

 そのもの悲しげな雰囲気に、誰も「魔術の話だよね?シモの話とかしてる訳じゃないんだよね?」とツッコむ事ができなかった。


「さすがは、魔王の息子で将軍様か……しかし、このままじゃヤバイな……」

 少しだけ俯いて思案したマストルアージは、すぐさま周囲に指示を出す!

「これから、本命(アガルイア)以外の魔族兵を解き放つ!奴等の相手は、お前らに任せるぞ!」

 マストルアージが頼るのは、レイアストの『聖少女領域』で復活してきた、城の衛兵達。

 彼等は戦意に満ちた声で、それに答えた!


「おおっ!お任せください!」

「自動回復がキマってる今なら、ガンガン行けますよぉ!」

「よおし、国王の方に数人回れ!残りは魔族兵を制圧する!」

「お前らを『雷神』には、近づけさせねぇぞ!」

 魔術の戒めを解かれた魔族兵達に、ヒャッハー!と衛兵達が突進して行き、散発的な戦闘がそこかしこで始まる!

 そして、解除された魔族兵達の分も圧力を増した拘束魔術に、アガルイアは憎々しげに顔を歪ませた!


「んぐぐ……ひとまずはこれでいいが……モンド!」

「は、はいっ!」

「お前はアレ(・・)をレイアストに使え!」

「えっ!アレを……ですか!?」

 二人の言う、「アレ」が何なのかは知らないが、彼等の様子からどうやら一か八かの博打的なものだというのは、レイアストでもなんとなく想像する事はできた。


「アレは対象者に負担が大きいですし、まともに発動できるかどうか……」

「レイアストには並外れた魔力量があるし、クズノハとの相性も良さそうだ。成功率は高いと思うぜ!」

「それは……そうなんですが……」

 いまいち踏ん切りがつかないようで、モンドは躊躇しながらもレイアストに視線を向ける。

 そんな少年の迷いを帯びた瞳には、彼女への気遣いと頼らざるをえない申し訳なさが同居しており、それがレイアストの姉魂(あねだましい)に火を点けた!


「大丈夫、モンドくん!そのアレっていうのがなんだか分からないけど、お姉さんに任せなさい!」

 ドン!と胸を叩きつつ、愛しの少年に対してお姉さんぶる気持ちよさに、レイアストは密かに身震いする。

(うふふ……ちょっとクセになりそう)

 魔族領域にいた頃は、末子であり落ちこぼれという扱いしか受けて来なかった彼女にとって、モンドから頼られるのは嬉しいものだ。

 そんな愉悦に、だらしなく顔がにやけそうになるのを堪えつつ、レイアストはモンドの手をとった!


「やろう、モンドくん!私達二人なら、きっと上手くやれるって!」

「っ……はいっ!」

 ギュッと手を握り返し、元気な声で頷く少年に、レイアストも満足しながら微笑みを返す。

 同時に、なんだか二人の距離がさらに縮まった気がして、恋心を自覚した彼女の内側では、脳内フェスティバルが開催されるほどだった。


「クズノハ!」

「キャウン!」

 モンドの呼び掛けに、狐のクズノハが応える!

 その声で、頭の中でワッショイ!ワッショイ!やっていたレイアストの意識も、現実に引き戻された。


「レイアストさんも気づいていたかもしれませんけど、クズノハはただの狐じゃありません」

「うん、そうだね」

 モンドの言う通り、クズノハは随分と人に慣れており、おまけにこちらの言う事をちゃんと理解している。

 時折、訓練された軍用犬以上のスペックを見せる狐が、ただの狐である訳がないだろう。

 さぞや、名のある名狐の血筋なんだろうな……そんな事をレイアストが考えていると、モンドの口から思いもよらぬ言葉が放たれる。


「クズノハは、代々僕の一族に使役されている、守護狐……いわば、使い魔(ファミリア)なんです」

「えっ!?」

「それ故に、この子が見える(・・・)のは一定以上の魔力の持ちながら、この子に相当気に入られる必要があります」

「ええっ!?」

 てっきり、皆クズノハに馴れているから城の中に居ても気にされなかったと思っていたが、そもそも見えていなかったという事か。


(なんとなく、すごく良い狐なんだろうなぁ、くらいに思ってなかったわ……)

 それがまさか使い魔……しかも、一族単位で継承されているのかと、レイアストは驚きを隠せなかった。

 普通、使い魔は呼び出した当人が用事を済ますなり、死ぬなりすれば消滅する。

 なのに、延々とモンドの一族に仕えてきたというクズノハは、もはや使い魔というよりも最上位の精霊に近いかもしれない。


(いやぁ……すごいな、クズノハちゃん……)

 素直に感心しながらクズノハを注目していると、レイアストの視線に気づいた狐は嬉しそうに尻尾を振っていた。

 こうしていると、ただの可愛い狐にしか見えなくて、レイアストもほっこりとした気持ちになってくる。

 その様子を見て、モンドも表情を緩めながら、これからやろうとしている事の説明を始めた。


「先生の言っていたアレ(・・)とは、クズノハを憑依させて対象者を大幅に強化する我が家秘伝の術式……『魂霊合身こんれいがっしんの儀』という物です」

「『魂霊合身の儀』……」

「はい。前にも少しだけ説明しましたけど、僕達の国で使われている『五行術式』というのは、基本的に強化や弱体化といった物がメインなんです。なので自分自身に使う事は(まれ)で、この『魂霊合身の儀』も、術の対象となる第三者の協力が必要なんです」

「なるほど……つまり、それを使って私をパワーアップさせると言いたいんだね?」

「はい、その通りです!」

「そっか……私が……」

 力強い頷く少年とは裏腹に、少女の体は小刻みにプルプルと震えだす!


 確かに戦う覚悟はできたし、アガルイアに対して不意打ちパンチを叩き込んだりもした。

 だが、それでまったくダメージを与えられなかった自分がパワーアップしたところで、あの兄を倒せるものだろうか?

 いや、むしろ足を引っ張るのでは?

 先ほどはモンドを励ましておきながら、自分自身が唯一の切り札として擁立されそうになると、途端に落ちこぼれだと冷遇されていた頃のトラウマが甦り、ビビり癖が頭をもたげてくる。

 そんな情けない心情を口には出せず、レイアストの顔はどんどん雲っていった。

 だが、今度はモンドが怯えの気持ちを抱く彼女を励ますように、レイアストの手をギュッ握る!


「この術式を成功させるには、クズノハとの相性や、僕の想いの強さが鍵になります」

「えっ……」

「僕が……僕とクズノハが、絶対にレイアストさんを護ります!だから、僕達を信じて下さい!」

「信じりゅっ!」

 即答!

 真剣なモンドの眼差しに、「キュン♥️」ときたレイアストは、反射的に答えた!

 まだ怖いという気持ちはあるが、ここで少年の訴えに応えられぬなど、彼女に芽生えた姉魂と女心が許さないというものだ!


「……いつの間にか、逆に励まされちゃったね。ありがとう、モンドくん!」

「いえ、そんな……」

 照れながらも嬉しそうな、少年の姿が愛らしい。 

 胸が暖かくなるのを感じながら、レイアストはグッと拳を握った!


「よぉし、いつでも来てちょうだい!」

「はいっ!」

 パッと顔を輝かせるモンドを密かに堪能するレイアストを横に、少年は使い魔と術の発動を始めた!

 手印を切り、何事かを詠唱するモンドに合わせて、クズノハの姿にも変化が現れていく!

 光に包まれたクズノハの形が、狐から小さな手のひらサイズな箱のような物へと、徐々に変わっていった!


顕現(けんげん)!『魂霊(こんれい)ドライバー』!」

「キャウゥン!」

 詠唱の締めと共に、クズノハは一声鳴いて完全に形を変える!

 それをつかみ取り、モンドはレイアストにスッと差し出した。


「これを、レイアストさんの腹部に着けてください」

「こ、こう……?」

 言われるままに、『魂霊ドライバー』と彼が言っていた物をお腹に当てる。

 すると、飛び出してきた帯が巻き付き、ベルトのように固定された!

 驚くレイアストに、モンドはさらに告げる。


「後は、頭に浮かんだままの構えをとって、言霊を発してください……『転身』と!」

 少年の言葉に頷き、レイアストは自然な流れで構えを取った。

 そうして深く呼吸をすると、意を決して叫ぶ!


「転身!」


 大きく発したキーワードと共に、クズノハが変化した『魂霊ドライバー』から、強烈な光が放たれた!

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