Ни шагу назад
――1939年6月26日 テレビ
「本日ソ連国防人民委員会は以下のような命令を発表しました」
・Ни шагу назад(一歩も引くな)
・各級の指揮官は上級の命令無しに後退してはならず、これに逆らった者は、軍法会議にかけられる
・各方面軍には最大3個の懲罰大隊を編成する
・各軍には最大3個の懲罰中隊を編成する
・各軍には3から5個の督戦中隊を編成する
「督戦中隊は、自国の兵を後ろから撃ち、強制的に前進させるための部隊です。懲罰大隊は戦意を失った兵を所属させ、意図的に危険な配置につけるものです。このような非人間的な命令を発する政府による、ソ連人民の抑圧を許しておくことはできません。全世界の理性ある国々が結集し、スターリン政権を打倒せねばなりません」
――1939年6月26日 参謀本部第一部
「スターリン政権をなんとかしないと血みどろになる。あまりに人が死ぬと取り返しがつかなくなるぞ」
「石原部長、現状650万の動員が確認されており、武装解除できたのは10万に足りません。100万単位の捕虜の受け入れは不可能です。シベリア全域で補給状態は劣悪で、こちらが何もしなくても冬には100万単位の死者がでかねません。特に以下の規模の大きな方面軍が問題です」
・満州 150万
・イルクーツク 100万
・チェリャビンスク 100万
・ヴォルガ 100万
・バルト 100万
「そうすると冬が来る前に、可能な限り撤兵してすべて独ソのせいにするか、一気に政権を打倒して分解するか、米英仏土などを巻き込んで責任を分担するかのどれかを実現せねばならんということか」
「工作による打倒は困難で、暗殺してもだれか似たようなものが出てくるだけでしょう」
「軍事的にやるとすると最低限ヴォルガからモスクワまで攻め上ったうえで、独にレニングラードを制圧してもらう必要がある」
「予定通りだと2年かかりますな」
「政治的にやるならウクライナ、ベラルーシなどの独立が必要だろう」
「現実味は薄いですな」
「反コミンテルンはどうだ」
「英土は工作しだい、利権次第でうごく可能性があります。しかし米仏は難しいでしょう」
「撤兵はどうだ」
「被害は数万にとどまっていますので、樺太、カムチャッカなどを獲得して和平は望まれるところです。しかし到底応じないでしょう。さらに蒙古、ブリヤート、グルジアの独立保障がありますから、非常に困難です」
「では、米英仏土には正直に、この冬が越せないから満洲国、蒙古、ブリヤート、グルジア以外からは撤兵するむね伝え、いやなら防共連合軍として参戦しろ、できなければ最低限難民の保護をしろと伝えるというのはどうだ。独にもメーメルから先にいくなら、同様だな」
「国際連盟脱退後の状況で、しかも数カ月の猶予でですか」
「無理かもしれん。それでも宣伝しておくのは今後の役に立つだろう」
「国民はどうしますか。テレビでさんざん煽っておいて逃げるのかということになりませんか」
「そうなったらわしがテレビで切腹する。介錯はきみに頼む」
――1939年6月26日 参謀本部
「石原第一部長、これはなんとかなるかもしれんよ」
「田尻第三部長、なんとかとは」
「要は後退しなければ軍法会議にならんのでしょう。死守命令が出ているなら、すべて通過してモスクワ包囲してしまえばいいではないですか。ヴォルガを遡上し、スターリンがわざわざ作ってくれたモスクワ運河を下ればモスクワです」
「いや確かにモスクワ周辺には10万程度の兵しかないが、そこまで行く間にどれだけ損害がでるかわからんぞ。それに補給はどうする。時間もない。冬になってしまえばナポレオンだ。だいたいどうやって閘門のある運河を通る」
「この状況で本気で戦争をやる気のある将軍がどれだけいますか。重砲と通信施設だけつぶせば歩兵が何人いても関係ありません。たとえ追ってくる部隊があったとしても到底おいつけません。スターリングラード以外は各都市、せいぜい1万。補給に関しては110m級16隻程度を投入すれば、1個師団片道でも春までもちます。全速ですすめば3000kmぐらい2日ほどです。ヴォルガからモスクワは下りですしせいぜい130kmですのでどうとでもなります」
「指導部が飛行機で逃げたらどうする」
「敵前逃亡で軍法会議ですな」
「いや、そのレベルには軍法会議がない」
「真面目な話をすると、逃げる先がありません。レニングラードなら独がどうにかするでしょう」
「飛行機はどうする」
「スターリングラードまでは制空権があります。昼の移動も機銃があたりますから、そうそう沈みません。1隻や2隻は沈むかもしれませんがそのぐらいならしれたものでしょう」
「機雷はどうする」
「偵察機で水中探知し破壊します。潜水艦にくらべたら動かない的ですから簡単なものです」
「ええ」
「やるなら7月中です。決死隊ならいくらでも集められますし、黒海に向かっている船もつかえば、船も1ヶ月でそろいます。どこの旗をたてて進むかは重要です。満艦飾がいいですな」
「誰がやる」
「私がやります」




