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#16

 大侵攻スタンピード。その言葉に、思わず息を呑みます。


 ダンジョン災害とも呼ばれる現象のひとつであり、その特徴は魔物の大量発生。

 異常な量の魔物が溢れ出るようにして出現し、冒険者。そして地球に対して牙を剥く。


 無論、これを抑え込めなかった場合、その被害は甚大なものになります。

 普段は滅多にゲート外へと侵攻してくることのない魔物たちですが大侵攻スタンピード時は別。ゲートを超えて地球へとその姿を現し、まるでこの場の所有権を主張するかのように暴れます。

 そこで抑え込めれば、まだ被害はマシ。冒険者街などに損害発生することはあれども、それだけではあるためです。


 悲惨なのは、氾濫が起こった場合。

 ゲート内での対処が間に合わず、魔物がゲート外へと溢れ出し。ゲート外での魔物との戦闘でも遅れを取り、魔物に制圧されてしまった場合。それを、氾濫と呼びます。

 加えて、氾濫が発生した場所では、ダンジョンの影響か、はたまたその地に蔓延る魔物の影響か、その環境すら上書きされてしまったりもします。

 こうなってしまえば、人はその生存圏を押し下げられざるを得なくなります。日本でも数ヶ所、そうなってしまってしまい、これ以上の拡大を防ぐべく、戦線を維持している箇所があります。


 そして。そういった事象へと繋がる切っ先のひとつこそ、今回起こっている大侵攻スタンピード

 だからこそ、有事の際には高位の冒険者に応召義務を発生させてまで協力を要請し、冒険者協会だって、その発生兆候を探っている、のですけれども。


「俺は、ひとまず初期対応にあたる。予兆についての協会からの告知がなかったところを見るに、このまま放置すると対応が後手に回りかねない」


 ここまできて、先程までの月村さんと千癒の会話の意図を理解いたします。


 魔物の大量発生という事象の性格上、対処が遅れれば遅れるほど、その威力を増していきます。

 事実として、一度氾濫を許してしまった場所は《海月の宿》といった日本屈指の冒険者パーティでさえ、攻略が容易ではなくなるほどに。


 しかし、今回の大侵攻スタンピードでは、冒険者協会からその発生兆候に関する情報が出ていない。もし予兆を検知できていたのならば、それをあらかじめ公開して、事象発生時に備えているはずでしょう。


 つまり、この時点で対応が後手に回ります。

 唯一、迅速な対応ができるとすれば、それは偶然にもこの場にいる冒険者たち。


 しかし、なにせ発生場所が悪い。阿蘇ダンジョンの第三層で発生したと月村さんは仰られました。

 阿蘇ダンジョンにおいて第三層とは、まだ初心者が足を踏み入れる箇所。以前ご紹介いただいたグラウンドベアなどの上位の魔物がまだ現れない場所になります。

 つまり、相対して弱い冒険者が多い。

 大侵攻スタンピードで発生する、強力かつ大量の魔物に対抗できる冒険者は、限りなく少なくなります。


 なんなら、千癒も月村さんに言われるまで察知していなかったように、まだ大侵攻スタンピードの発生に気づいていないという冒険者も少なくないでしょう。


「でしたら、私も一緒に!」


「鈴音」


 私の言葉に、落ち着いた声音で月村さんが返します。

 その隣で、千癒も静かに頭を横に振ります。


「規模も程度もわからない大侵攻スタンピードとなると、今までの訓練とはわけが変わる。今までは、有事の際には鈴音の安全を確保できるように動けるようにしていたが、今回ばかりはそうはいかない」


 改めて言葉にされて。今まで、自分がどれだけ恵まれた、安全な場所で訓練をしていたのかということを思い知ります。

 おそらくは、お父様と私で取り交わされた約束。必ず帰ってくることというそれを反故にしないために。


「――ですが」


「それに、伝令だって重要な役割だ。冒険者協会が今回の大侵攻スタンピードを察知できていない以上、一刻も早くこれを伝える必要がある」


 ただでさえ後手に回っている現状。これ以上、遅くなるわけにはいかない。

 そのためには、迅速な連絡が必要。その、重要性は理解しています。


 ですが。ですが――、


「お嬢様……」


 おそらくは、こちらの意図を汲んでくれているのであろう、千癒が。しかし、侍従という立場もあり、私の気持ちばかりを優先できない千癒が、そうつぶやきます。

 そんな彼女も、冒険者ランクはC。実力はそれ以上とのことですが、ひとまず重要なのはCランクだということ。

 つまり、応召義務が発生するランクになります。

 Cランクに応召義務が発生するのは珍しいとはいえ、今回のように緊急性が高い場面ではほぼ間違いなく起こるでしょう。

 つまり、彼女も月村さんと同様、私のことを優先していられない。


 意識の外で、思わず、唇を噛みます。

 無力というものが、これまで苦しかったのは。今までで、初めてです。

 これまでは、なかば憧れでありながら。そうなることができていない現状にある意味では納得してきたからこそ。

 私に、戦う力が一切なかったからこそ。なにもできないということに、それほど強い後悔を覚えることはありませんでした。


 ですが。今の私には、なまじ力があるだけに。

 しかし、それが通用しないと、そう通告されたに等しいだけに。


「……鈴音」


 名前を呼ばれたことに。一瞬遅れながらに気づき「はい」と答えます。


「俺からの指示は、ふたつだ。ひとつは、冒険者協会に大侵攻スタンピードの発生を報告すること。そしてもうひとつは、()()()()生きて帰ること」


「はい。……はい?」


 意味深長な物言いに。思わず首を傾げてしまいます。


大侵攻スタンピード発生時、応召義務が発生するのはCランク以上だが。別にそれ未満の冒険者が対処にあたらないわけではない」


 もちろん、大侵攻スタンピード本体への対処などは原則としてCランク……いえ、基本的にはBランク以上の冒険者があたり、Cランクの冒険者は本体からはぐれた魔物の対処や、襲われて逃げ損なった人たちの救助にあたります。

 しかし、Cランク冒険者だけでは手が足りなくなることもあります。だから、応召義務は無いものの、大侵攻スタンピード発生時には、ランク不問として緊急依頼が発令されます。


 もちろん、ランク不問とはいっても、それほどに切羽詰まっている、ランクの確認をする手間すら惜しい、という意味であり。体裁上として、ではあります。

 いくら本体に比せば弱いとはいえ、平時よりも強い魔物の対処をFランクの冒険者に任せようものならば、助力どころかむしろ手傷を負ってしまい、足を引っ張る結果になりかねません。

 そのため、私には関係のない話。……だと、理解していたのですが。

 わざわざ、それを話しの引き合いに出した、ということは。


「もちろん。俺の口から、これを是として言えはしない。だが。鈴音の想いを、理解していないわけではないから」


 月村さんは、私が冒険者を目指している。いえ、冒険者となった理由を知っています。

 もちろん、憧れなどもありはしたものの。それとは別の、もうひとつの理由。


「だからこそ。あくまで、これ個人としては。ここから先は、ひとりの冒険者の鈴音として接する。良くも悪くも、自己責任が大前提の冒険者として」


 その理由が。私が退くことをよしとしないことを、理解してくださっているから。


「冒険者として――今の鈴音がすべきことを」


「……はい!」


 今の私のすべきこと。

 一刻も早い、冒険者協会への、大侵攻スタンピード発生の報告。


「走れ!」


 その、月村さんの言葉に。私は弾き出されるようにして、ゲートに向けて駆け出した。






「第三層で、大侵攻スタンピードが発生しました! このことを、周りの人に伝えてください!」


 ゲートに向かって走りながら。途中ですれ違った冒険者たちにそう伝えていきます。

 もちろん、そんな通りすがりの、どこの誰ともしれないような冒険者の言うことを信じられるかといえば、そう簡単な話ではありません。

 加えて、コトがコト。大侵攻スタンピードの発生ということもあり、嘘だと思う人も少なくないどころか大多数でしょう。

 しかし、今可及的速やかに行うべきは、冒険者協会への報告。彼らへのいちいちの説得は行っている時間はありません。

 しかし、ゼロとイチとでは大きく違います。少しでも可能性を上げるためには、大多数に嘘つきと思われようとも、言葉を伝え続けるしかありません。


 風走りの影響もあり、ゲートに辿り着くまで、それほど時間はかかりませんでした。

 いつかの渋谷マルハチよろしく、ゲートから猛スピードで出てきたことに近くにいらっしゃった方々が瞠目します。

 ですが、申し訳なく思う一方で、そのようなことを気にしている暇もないのも事実。

 すぐさま、冒険者協会の職員さんがいらっしゃるカウンターへと向かって。


「阿蘇ダンジョンの第三層で、大侵攻スタンピードが発生いたしましたっ!」


 任された、己の責務を果たすために。そう、伝える。

 これで、ひとまずなんとかなる、と。そう思った一方で。

 しかし、職員の方々の反応は、少し怪訝な様相でした。


 それもそのはず。いたずら……にしては度が過ぎているにしても、冒険者協会が予兆すら検知していない大侵攻スタンピードを、Fランクの冒険者が先に察知して、報告に来る、だなんて。そんなことがはたしてありえるのだろうかと疑問に抱いているのでしょう。


 とはいえ、これが真実ならば一刻を争います。

 しかし、万が一に嘘であった場合、動員した冒険者たちへの報酬をどこから補填するのか、という問題が発生してきます。

 ですから、彼らも迷っている。どう判断するべきなのか。


 千癒に弁護をしてもらうことはできますが、彼女の実力はAランク並だとはしても、書面上はCランク。私よりかはマシだとはいえ、どうしてもあと一歩信用に欠ける。


 どうするべきか。狼狽しかけて。しかし、すぐに気を持ち直す。

 ここで下手に動揺を見せれば、余計に信用が喪われるでしょう。

 絶対に伝えなければならない事項であるという、自信と確信を持ち、それを彼らに伝えなければならない。


 とはいえ、私も大侵攻スタンピードの本体を見たというわけではありません。千癒は、もしかしたら察知しているかもしれませんが、少なくとも、私は感じ取れていません。


 では、なぜここまで走ってきたのか。それは、ひとえに月村さんのことを。彼の言葉を、信じたから。

 彼の言葉であれば、信じられる、と。そう私が、賭けたから。


 ――使えるものは、全部使う。


 それが、冒険者としての在り方。

 月村さんは、そう仰られました。


 なれば、やってみせましょう。一世一代の、虚仮威しを。


 たとえ虎の威を借りていると言われようとも。


 それが、星宮 鈴音の戦い方であると。そう、胸を張って。


「スターマインの社長令嬢、星宮 鈴音の名に於いて。先程の発言――阿蘇ダンジョンの第三層にて大侵攻スタンピードが発生した、ということが真実であることを保証いたします!」


 冷静になってよくよく考えてみると、これがなんの保証にもなっていないということは誰にだってわかるでしょう。

 なんせ、本人かどうかすらもわからない上に、万が一に当人であったとしても、高々社長令嬢であるだけ。冒険者としての立場は微塵も変わらず、信用の有無についてはほぼほぼ変わらないに等しい。


 証拠もなく、発言の威信もない。……はずだったもの。


 ですが、その一方で。この場に於いてこの啖呵は、虚仮威しながらに威力を持ちます。

 なにせ、ほぼ全員がスターマインの名前を知っている。なんなら、ありがたいことに。スターマインにお世話になっている人も、憧れを持っている人も少なくはない。

 そんな企業の名前を出されてしまえば、一瞬、怯む。そして、その一瞬の怯みが、勘違いの信用を生み出す。

 それでいい。勘違いでもいい。


「しょ、承知しました! 今すぐにダンジョン警報の発令と、召集の要請をかけます!」


 過程はどうあれ、しっかりと、確実に伝えるのが。今の私の役目ですから。

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