82.清純派肉食系
懐かし…く、はないかもしれませんが。
あのひとが再登場(黒笑)
勇者様に難事が降りかかるまで、あと十秒。
その時は、いきなりやって来ました。
ぎゃいぎゃいと騒ぐ私達。
ビーム的に開眼しかけて勇者様に諌められるまぁちゃん。
そして、私達へのツッコミで忙しい勇者様。
だけど。
この場で一番善良で、働き者の勇者様。
天の神々は、どうして彼にばかり試練をお与えになるのでしょう?
いやまあ、魔境に来て以来、八割くらいは私達が関与していたような…
………うん、そんな気がしないでもありませんが(笑)
でも今回は、私達は無関係。
むしろ勇者様の特性的に、確実に天の領分。
ええ、私達の関与しない、恐ろしい災厄が襲いかかりつつありました。
勇者様にとっての、最も恐ろしい脅威。
女難関係の、災難が。
始まりは、第一声。
遠くから響き、届く声。
女性の甘く、高い声。
もう聞いただけで年頃の女性のものだとわかります。
その声が、私達の耳にはこう聞こえたのです。
「で~んかぁ~(殿下)!」
それは、語尾にハートマークが四十五個くらいついていそうな甘ったるい猫撫で声で。
耳に届いた瞬間、勇者様の全身に悪寒が走り抜け、鳥肌に支配されるのが見て取れました。
うん、あれどう見ても、恐怖の鳥肌だよね。
声に含まれる媚態でも嗅ぎ取ったんでしょうかね。
勇者様の顔がみるみる青くなって…
ずざざっと身構え、声の方へ眼を凝らしています。
いつでも逃走できるよう、万全の態勢です。
外敵から決して目を逸らさず逃げる機を窺う野生の獣じみた反応です。
まぁちゃんと相対した時よりも、ずっと張り詰めたお顔。
脂汗としか思えない汗が滲んで、首筋まで一線を描いて伝い落ちていきます。
うん、どうした。
先ほど聞こえてきたのが女性の声でなければ、きっとそう問いかけていたでしょう。
大自然の脅威にさらされた小動物よりも、ずっとギリギリの顔をしています。
そうして、勇者様にとって脅威であるところの…人影が、此方へ猛烈な勢いで………
………あれ?
あの人…どこかで見たことありますね?
「殿下っ…お会いしとう御座いました………!」
可憐に儚く、麗しく。
清楚なその人は、世の男性陣の庇護欲をそそってやまないだろう風情で。
なんともか弱げに、守ってあげたくなる感じの美しい人。
ウェーブのかかった金の髪を靡かせて、懸命な足運びで駆け寄るのは…
………えーと、名前が出てきませんね…。
「あれ、ミリエラちゃんじゃね?」
あ、そうそう、それそれ!
その人です!
「………って、サルファ!? いつの間に!」
答えを口にしたのは、サルファでした。
いつの間に戒めを断ち切ったのか…何故、背後にいる。
「誰も構ってくれなくて寂しくなってきたから、抜け出してきちゃった☆」
「きちゃった☆じゃないでしょ…でも、そうよね。
サルファみたいな小器用な男が、抜け出してこられない筈なかったわよね」
どうやら、縄抜けしてきたようですね…鎖で縛っておけばよかった。
内心で、舌打ち一つ。
そんな私の様子に何か寒気か危機感でも覚えたのか。
サルファが強張った笑みで話題の転換を試みます。
「それよりあれ、ミリエラちゃんじゃん?」
「アンタ…ミリエラさんのことちゃん付けなの」
「だってあの人、まだ十代でしょ。俺より年下だもん」
「アンタは年上でもちゃん付けなんじゃないの?」
「まあ、人によるかなー?」
でもそうか、そうですよね…
ここは勇者様の故郷であると同時に、ミリエラさんの故郷でもあるし。
それにあの村を挙げてのドッキリ☆祭りで、強制送還した事実があります。
考えてみれば、当然のことながら会う可能性は高かったんですよね…
こっちに来てから目まぐるしく楽しい時間を過ごしていたせいで、忘れていました。
それにしても…
こうして改めてみると、どうしましょう。
清純派です。
驚くほどに、清純なお姉さんがそこに…!?
あれ、私、目でも悪くしたかな…?
勇者様から歩いて五歩くらいの位置で立ち止まりまして。
感極まったように潤んだ瞳で一心に見つめる姿は、まさに清楚。
おかしい…相手はミリエラさんの筈なんですが。
どうやら肉食獣な印象が強すぎたせいで、うっかり外見を修正して覚えていたようです。
そういえば、そうでした。
この人、傍目には完璧な修道女(元)だったんですよね…。
そう、信じられないことに。
勇者様を狙う視線が、猛禽すぎて忘れていましたけれど。
魔境にいた頃のはっちゃけぶりは、あの場だけの限られたものだったのでしょう。
あれですね、外聞を気にすべき衆目がいないからこそ出来たご乱行(笑)
あの頃なら、舌舐めずりをしていてもおかしくない印象でした。
しかしここは、彼ら彼女らの故郷。
そして、その身元は貴族。
色々と私達には窺い知りようのない、何かしら柵があるんでしょう。
良かったね、勇者様!
いきなり襲われなくて!
でも私の心の声も、今は届きません。
勇者様に、そんな余裕が全くないようだから。
「み、みみみみみっ ミリエラ嬢…!? な、な、何故ここにっ」
勇者様、どもりすぎどもりすぎ(笑)
貴方、そんなに滑舌悪くなかったですよね?
ですが恋する乙女(爆)はそんな細かいことも明らかな動揺も気にならないのでしょう。
「殿下、お帰りを待ちわびておりました。あの、悲しいお別れの時から…お帰りになったと聞いて、矢も楯も堪らず…ですがお会いする機会も得られないまま、今日となってしまいました」
そう言えば昨日は下町巡りで、一日出ずっぱり。
一昨日は昼餐会だ舞踏会だの準備でばたばたでしたからねー。
会う機会が得られなかったのは当然です。
そもそも勇者様へのお取次ぎも若い女性限定で面会謝絶状態が多いと聞きます。
勇者様への取り次ぎを願う女性が多すぎて、謁見は中々叶えられないそうです。
窓口はパンク状態ですし、そもそも会わせてしまうと何があるかわからない。
だから勇者様の指定した筋からの紹介状持参の上、余程の理由でもない限り、勇者様への謁見が叶う女性はいないんだとか。
凄いね、勇者様!
その、徹底ぶりが!
紹介状を持っていなかったら勇者様への謁見取次窓口 (あるらしい)では、高位貴族の女性でも門前払いとか許されちゃう過去の実績(女難的な意味で)が燦然と輝いていますよ!
勇者様が絡むと、どんな家柄の方でも若い女性相手に遠慮も妥協もしない王家の方針は、国家として大丈夫なんですかね…?
そのことを踏まえて考えると、例え一度は勇者様の旅の供として正式に認可を受けた女性でも、一度別れたが最後中々滅多なことでは会えないのも当然です。
しかし、悲しいかな今私達がいるのは練兵場。
公共施設の真っ只中です。
ここもそれなりに出入りは制限されるとはいえ…
それでも、勇者様の離宮に比べれば、往来の自由度は高いでしょう。
ミリエラさんのお家も、多分凄く良い感じなんでしょう。
勇者様の傍仕えにお嬢さんを差し出せる程度には権勢を誇っている訳ですよね?
伯父様は例の「大臣」ですし。
となると…多分、ミリエラさんに対して出入りは制限されていないのでしょう。
それにこの様子…準備に時間のかかる貴族令嬢がこの短時間で駆けつけたところを見るに、いずれ勇者様がこの練兵場を使用すると踏んで網を張っていたのかも知れません。
「わあ、勇者様ったら待ち構えている女郎蜘蛛の前にのこのこ参上しちゃった感じ!?」
「い、言わないでくれ、リアンカ…現状を突き付けられて、こここ心が折れそうだ……!」
→ 勇者様は 恐怖 している!
勇者様は精神に持続的ダメージを受けている!
精神に毎秒10のダメージ!
勇者様と言葉を交わす私へと、すっと細められたミリエラさんの一瞥。
うわ、こわ…っ
ミリエラさんの背後に、夜叉が見えた気がするよ。
ですが私を歯牙にかけている段じゃないと思ったのか…
それとも他者を貶める姿を曝して女を下げるべきじゃないと思ったのか。
一瞥された後は、視界に入らないとばかりに無視されています。
この方が傍観者側に回れるし、標的にされない分、私としては有難いんですが…
引き換えに、勇者様へと狙いが絞られています。
「まさに、ターゲット☆ロックオン!」
「サルファ…後で殴る」
「何で俺相手には滑舌復活しちゃってんの!?」
ぎょっとするサルファですが…
勇者様も余裕がないみたいだし、ここは後で大人しく殴られてやれとしか言えませんね。
「Dead or Alive………あ、違った。Good luckサルファ!」
「その二語、全然意味が違い過ぎだよね!? 本音透け透けだよ、リアンカちゃん!」
私達がそうやっている間にも、眠れる猛禽は勇者様を一所懸命に見つめ続けて。
逆に勇者様はその現実を見たくないとばかりのご様子です。
懸命に目を逸らして私達に関わろうとしています。
それでも怖いものは怖く、脅威の動向を窺わずにはいられないのでしょう。
目を逸らしていながら、彼の全神経がミリエラさんに集中しているのが分かります。
「………もう、打ち合いどころじゃねーな」
苦笑交じり。
仕方ないと肩を竦めて、続きを諦めたまぁちゃんが戻って来ました。
ああなった勇者様が、悠長に稽古なんて出来る筈がありません。
トトカルチョもお開きで、訓練もお開きです。
この上は勇者様が深刻な被害に遭う前に、回収して離宮まで逃亡するしかないでしょう。
私達は静かに、手早く、その準備にかかります。
いつでも撤収できるよう、広げられていたお弁当を片付けにかかります。
片付けながらも、同時進行でお腹も満たします。
さり気無くひょいひょいとベーグルサンドやキッシュを摘まんで腹に収めながら。
私達は回収&撤収の機を逃さないよう状況を見極めるべく、勇者様達を見つめます。
片手に、紅茶のお代りを掲げながら。
たし…、と。
ミリエラさんが一歩踏み出します。
そっと近寄ろうと、淑やかな足取りで。
それに対する勇者様の反応は、飛び退り一択で。
あまりに露骨な避け方ですが、ミリエラさんの方に気にした素振りはありません。
………精神強ぇな。
勇者様も魔境でのあれこれのお陰か、ミリエラさんのことをすっかり警戒対象として見ているようですね。形振り構わなすぎです。
ある意味、お互いの意識は互いに集中しています。
じりじりと距離を詰め、じわじわと退路を封じようとするミリエラさん。
捕獲する気満々のようですが、捕まえてどうする気ですか?
対して機があれば思いっきり距離を取りたい勇者様。
いつの間にか近くにいたシズリスさん。
その某護衛を盾にするように、ミリエラさんとの対極線上に配置しています。
シズリスさんも困り顔ですが、職務を全うする気は十分です。
さあ、今こそ昨日見せてくれた女性の追い払い技術の粋を発揮する時ですよ!
「あー…ミリエラ嬢、でしたか」
「あら、挨拶もなく失礼いたしましたわ。ミリエラと申します。
それで殿下と親しいようですが…貴方は、シズリス様ですわね?」
「ああ、認識してたか…殿下の護衛を務める、シズリスだ。それで、ミリエラ嬢?」
「はい、なんでしょうか」
表面上、和やかに会話しているように聞こえます。
音 声 だけなら。
しかし、どうしましょう。
ミリエラさんの視線は相も変わらず勇者様に固定されていて。
一瞬だけシズリスさんに向けられた目は、排除すべき障害を見る目でした。
その目の鋭さに気付いて、シズリスさんの顔がちょっと引き攣りました。
「………殿下が困っていらっしゃる。もう少し距離を取ってはいただけないだろうか」
「あら、私…十分に距離は取っていましてよ? むしろ離れ過ぎなくらいですわ」
「そう思っているのは、確実に貴女だけでしょう。あまり淑女が前に出過ぎるものではありません。優雅さに欠けると、貴方が笑い物にされては殿下が胸を痛まれます」
「まあ、殿下が…」
…女性を対象にした警護って、大変そうですよね。
騎士という職務上、女性は丁重に扱わないといけないんですから。
丁重にしつつ、距離を取らせて追い払う。
そんな難易度の高そうな任務は、私だったらやりたくありませんね。
ただでさえ、へ理屈と口の巧みさで男性が女性に勝つのは難しいでしょうに。
まあ、口の達者な男性もいらっしゃいますが。
ですが女性との口論は、どんな口達者でも勢いがモノを言いますからね…
腹をくくった女性を相手に勢いと気迫で勝てる男性って、実は希少な気がします。
それにぐうの音も出ないほど完膚なきまでにやり込めて、口を封じるというのは、シズリスさんの柄じゃないでしょう。能力的にも無理っぽい。
お手並み拝見と傍観し、私達は助けません。
下手に前に出て被害拡大…矢面に立たされて変に目をつけられても堪りませんからね。
ただでさえ、私もミリエラさんには半分くらい目をつけられているんですから。
ただ、勇者様の回収準備だけが着々と進みます。
そんな中、第二の脅威が颯爽と駆けつけました。
ええ、それはもう、颯爽と。風のように。
「ミリエラ! 貴女、一人で先に走るのは駄目だと言ったではないですか…」
現れたのは、長い黒髪を一つに結った凛々しい人。
端麗な容姿に男装の騎士服を纏い、どこか耽美な背徳性を匂わせる真っ直ぐな立ち姿。
姿勢の正しいその人の名は、私もすぐに思い出しました。
その人は…
「おお♪ ネレイアちゃん☆じゃん!」
「うん、ネレイアさん…だね」
勇者様の供として選出された人員その二。
女騎士のネレイアさんが、ブーツの音もカツカツと駆け付けたのです。
彼女は厳しい顔をしながらも、よく見たら眼元がうっすらと朱色で…
ミリエラさんを見ているようで、彼女の視線は真っ直ぐ勇者様に注がれていました。
「こ、ここで新手、だと…!?」
慄く、勇者様。
その目は懐かしい人を見た…とかでは、なく。
完全に、「敵が増えた…!」という焦りと警戒の表情をしていました。
そういえばもう直ぐ新キャラがまた出ます。今回は予告します。
その存在だけは前に出たことがあるんですが…
ヒント:
勇者様(11歳)の悲劇。
凄まじくトラウマ
番外編「勇者様が強くなった理由」
年齢は勇者様の一つ下。
………以上、ヒントでしたー(笑)




