◆8◇
そろそろ、かな。
店内の時計で時間を確認したあと注文していたカプチーノを飲み干して席を立ち上がった。
今いるのは駅の近くにある喫茶店だから、ここからだと5分もかからないはずだ。
勘定を済ませ、カランカランと音を立てる木製の扉を開いて外に出る。
人の波に沿って駅まで向かうと、駅前の広場は驚くほどたくさんの人でごった返していた。
うわっ……さすが休日だけあってすごい人…
ていうかあの3人をこんな状況で見つけられるのか?
だがそんな心配は杞憂に終わった。
彼らの姿は意外にもあっさりと見つかったからだ。
うっ、すごい目立ってるし……
遠目にも分かる、人の群の中で長身のためにひょっこりと出ている昂と暁君の二つの頭が見えた。そこに理子がいるかまでは見えないが…あまつさえイケメン2人に、行き交う人々の好奇の視線は全てそこに注がれていた。
なんか……すごく行きづらいなぁ、あそこ。
てかむしろ行きたくない気が……
わざわざ好き好んであの中に混ざる気はちっともない。一瞬、このまま帰ってしまおうかという考えが脳裏をよぎったぐらいだ。
だけど、こんなところでいくら考えあぐねていても邪魔になるだけでどうしようもない。
約束の時間も刻々と迫っている。
私は仕方なく人混みの中を縫うようにして目的地に向けて歩きだした。
「あっ、きたきた!薫!」
私に気付いた理子が手を振った。
「ごめん、来る前にちょっと買い物してたら遅くなっちゃった」
「だいじょーぶ、ギリギリセーフだよ〜」
暁君が「うっす」と言って小さく手を挙げて声をかけてくれたので、私も
「うっす」と返事を返した。
そして昂はというと………
「…………っ!?」
思わず小さく声が漏れた。
な、なんでこんなに不機嫌なオーラが漂ってるわけ……!?
はっ!?
てか今思いっきり睨まれたし!!
すんごい不機嫌そうに昂は私に一瞥をくれただけで、
「行こーぜ。誰かさんが遅かったせいで待ちくたびれた」
と吐き捨てるように言って、すたすたと勝手に歩き始めて行く。その後を「おい、待てよ昂」と言って暁君が追いかけていった。
………ええっ!?
なんなの、そのあからさまな嫌みは!!
私が呆然として突っ立っていると、理子が肩を竦めて言った。
「もう来たときからあんな感じ。いやー参ったよ、本当に。初めてアイツのあんな姿を見たわ」
「なんであんな事になってんの……?」
「知らないわよ、なんなのあの自己中っぷりは。あー、もうあんな遠くにいるし!今日はとりあえず薫のこと徹底的にアイツから守るから!とりあえず追いかけよ」
理子はぐいっと私の腕を引っ張って、慌てて昂と暁君を追いかける。
なんだか先が思いやられる気がした。
***** ***** ***** ***** *****
着いたのは私が先ほど行ったデパートよりも大規模なところだった。
「はいはーい!じゃあこうしよう!!楠原と私はスポーツ用品店に行ってる間に、薫と暁君は薬屋さんで湿布とかゴールドスプレーを買うってことで!!それで買い物が終わったらここで待ち合わせして、メンバーチェンジしない?私、薫と行きたいところがあるんだよね。
そっちも男同士で色々寄りたいところがあるでしょ?」
理子はそう提案すると、私に向けて片目を瞑った。
理子が気を遣ってそう提案してくれたんだと分かると、私も、
「そうだね、そうしよう」
と同意して頷いた。
「……ちょっと待てよ。なんでそこで俺が麻田と一緒に行かなきゃなんねーんだ?」
「なによ、アンタか弱い女の子に荷物を持たせるわけ?」
理子がぎろりと昂を睨みつける。
「……………分かったよ」
昂は諦めたように目を閉じるとそのまま押し黙った。
な、なんか今の不機嫌な昂と理子を2人にするのは猛烈に心配なんですが……
「じゃあ波風、行くか?」
「え?あ、う、うん。じゃあ理子また後でね」
昂の方は見ずに一旦2人に別れを告げると、少し後ろ髪が引かれる思いだったが私と暁君は5階にある薬屋さんに足を向けた。
「えー…っと……あっ!あったあった!湿布ってどんぐらいいるかな?」
「どうだろ…俺ら合宿経験してないしどれぐらいハードか分かんないしな。でも皆足とか腰とか痛めそうだし、一応出来るだけ買っていこうぜ」
「そうだね……あーにしても明日が合宿なんて俄かに信じられないよ」
「確かに。かっしーもかっしーで終業式の翌々日から普通合宿やるか?って感じだよなあ。おかげで終業式の日も死んだしな」
そう言って暁君は苦笑する。
本当に……土曜日の終業式の日は今思い出すだけでも反吐が出そうなぐらい忙しかった。
結局、下校時刻が過ぎても仕事を全て完了させるために夜遅くまで死に物狂いで4人でやったのだ。
「あん時は本気で樫本先生のこと恨んだしねー……あっ、スプレー見つかった?」
「ああ、二泊三日だしとりあえず3本で足りるだろ。じゃあ後はレジに行って終わりだな」
会計をして、買い物した袋をレジの人から受けとろうとしたら隣から暁君が手を伸ばして持っていかれてしまった。
「えっ、いいよ暁君!私持つよ?」
奪い返そうとしたら、ひょいと遠ざけられてしまう。
「いーって。波風女なんだしこういう時ぐらい甘えれば?それに、じゃなきゃ俺が何のためにいるか分かんないじゃん」
そう言って暁君は滅多に見せない笑みを浮かべた。
だからいきなり女扱いされても免疫ないんだって……!!
思いがけない言葉に赤面してしまう。
暁君って絶対天然のタラシだよね……無意識っぽいし。
笑顔も女の子たちが見たら完璧に悩殺もんだしさ。
お言葉に甘えて荷物をもって貰うと、私は気恥ずかしいせいもあって「ありがと」と聞こえるか聞こえないかの小さい声で呟いた。
「あれ?一階に行かないの?」
暁君は足を止めて何故か動こうとしない。
「………」
「暁君?」
「波風、あのさ………」
「え?」
「……言いたくないんなら言わなくてもいいんだけどさ、昂のヤツとなんかあったりした?」
「えっ!?」
そう声を上げて慌てて口をつぐむ。
「………な、なんで?別になんにもないよ?暁君の気のせいじゃない?」
気が動転してることがバレないように、必死に冷静さを装う。
天然なくせになんでこんな時だけ鋭いんだ、暁君って!
背中に冷や汗が伝っていくのが分かる。
「そうか…………?」
「イヤ、ほんとだって。なんでいきなりそんな事言うの?びっくりするじゃん」
「……悪い、俺の勘違いだったみたいだな。あんま気にしないでくれ」
暁君は気まずそうに頭をかきながらも、まだどこか腑に落ちない様子だ。
「う、ううん別にいいよ。気にしてないし。ほら、早く一階に行こ」
私は思いっきりうろたえながらも何とか取り繕って、暁君の背中をぐいと押した。




