閑話『浮気女は気づく』
クローバー村。
襲撃を撃退したあとの復興に勤しむこの村にほど近いクローバー畑に、一つの人影はあった。
「……なにかおかしい」
透き通るような亜麻色の長髪に琥珀色の瞳。
白い肌は見る人が羨み、纏うドレスは牧歌的に感じるが寧ろ少女の美しさを際立たせていた。
可愛い村娘、という枠には閉じ込められないほどの美しさを持つその少女……エリーゼは数年前と比べてますます美しさを増している。 それこそ、少女と言うには抑えきれないほどに。
「ジョンはあの白髪の剣士と旅立ったんだ〜って父さんから伝えられたけど。それにしてはなにかおかしいんだよね」
そういうエリーゼは一度クローヴィス城に向かいジョンの行方を関係者に聞いたものの、一方的に追い返されてしまった。 いくら功績を積み上げたといえどジョンは平民である。
そう、貴族が平民を扱うにしてはあまりにも不自然すぎることにエリーゼの頭脳は気づいた。気づいてしまったのだ……この女は。
「それに、あの泥棒ね……お嬢様も最近は見ないなぁ。なにか臭う……なにか、そう、例えば――――」
エリーゼは自らの太もものホルスターからナイフを引き抜き、いきなり明後日の方向に投げる。 キュッ!という小さな悲鳴が響く。
そして音の響いた部分のクローバーだけ、じんわりと赤く生暖かい液体に濡れていく。
「……アナウサギ。冬なのに外に出てきちゃったんだね」
息絶えたアナウサギの亡骸をエリーゼは掴む。
冬眠時なのに貯食が足りなかったのか外に出てきたのだろう。 しかしその肉体はでっぷりとどんぐりを食べて出来た脂で肥えている。なんの料理にしても美味しくなるはずだ。
「あはっ、ジョン、悪い子。――すごく悪い子……私を差し置いてあの女と逃避行でもしようだなんて」
ザシュ!とナイフが引き抜かれる。
まだわずかに脈動する心臓から流れる血がエリーゼの頬に霧のように吹きかかった。
「さぁて、ボーグくんをまずは問いただそうか。そのあとに……やり方はいくらでもあるよね」
ナイフの刃にべっとりと付着した血を白く可憐な細指でぬらり……と拭い取れば、エリーゼはそれをねっとりと頬に塗る。 血の温かみが冬の寒さで凍えた肌に心地よい。
「このアナウサギ、どうしよう。 焼く?煮る?蒸す?それとも……生でも美味しいかな?」
ふふ……と笑いながらエリーゼは川へと向かう。
血の残った獣肉はあまり美味しくないのだ。 丹念に血抜きをして、脂を見せてからこそ、下ごしらえしてこそジビエは美味となる。
「ジョン、絶対、逃さないから」
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