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第37話『王都ローゼット=ブロッサミア』

 ――――王都、というものがある。

このブロッサミア王国の中核で、国政のほぼ全てを担う宮廷の中心地。



 なおかつ、冒険者ギルドのブロッサミア王国地区本部もあり……文化的中心地で学術的中心地でもあり―――そして、王国の格差をすべて詰め込んだ華やかさと闇を兼ね備えた悠久のみやこだ。



 馬車の窓から見える風景は、前世とは全く変わっていない。 灰色、蒼色、橙色、緑色……様々な屋根が連なる王都の大通りは屋台に人の波と豊かな喧騒に溢れている。



 帝国とは違って自由主義を執る王国。

当然、ここローゼット=ブロッサミアにはウェルシア人からサーシア人のような人間族から獣人やドワーフ、王都でも珍しいがエルフといった亜人族まで幅広く闊歩している。



 露店には怪しげなアクセサリーの数々が売られており、少なくとも原価の20倍くらいで売られている代物ばかりだ。極稀に本物もあるらしいが、そんなギャンブルをするくらいならまともな店で買ったほうが良いというのが王都人の一般的な認識だろう。




「……あの、先生」

 

「ん、どうかした?」


 甘く苦い……いや、厳密には九割苦かった前世での王都の思い出を思い出していると、前の席に座ったヴィクトリアが長いまつ毛を伏せるようにして、俺に話しかけてきた。

 



「その、宿で先生に押し付けてしまったことを」


「あぁ……それならこちらこそごめん。もっと他に言い方があったはずなのに、あんなふうに突然扉から出ていった俺が悪いよ」

 


 そう言って俺は頭を深く下げてヴィクトリアに謝罪する。 よくよく考え直せば、わざわざヴィクトリアは好きでもないむさい男の体を拭いてくれていたのだ。



 だというのに俺は自分から一辺倒に羞恥心とやらで恥ずかしがって、その上に情けないトラウマを言い訳に突然扉から出ていってしまった。


 

 だから俺が全面的に悪いはず……なのに、ヴィクトリアはむしろ頭を横に振った。



「せ、先生は悪くありません!悪いのは私です、まだ先生は悪夢から目覚めたばかりだったというのにあんな真似を……」


「ヴィクトリア……」



 ヴィクトリアが完全に顔を伏せてしまった。

そうだ、ヴィクトリアはいくら強くなったと言ってもあの頃からまだ変わりきれてない。根は同じなのだ。



 そうだ、真面目で繊細で人に頼りがちなのには何ら変わりない……それに俺はヴィクトリアの偽婚約者以前に先生――否、教師。


 

 そんな教師がこうやってあたふたして自分から一方的に謝って良いはずがない。 俺は、俺なりにヴィクトリアのことを支えなきゃいけないんだ。



 ガタガタと、馬車の車輪が転がっていく。

首都の喧騒の音と室内の空気がミスマッチして、どこか奇妙な空気になる。

 

 

「その、ヴィクトリア。俺は先生で、君は生徒だ。生徒が間違いを犯すことは当然で、反対に先生が間違いを犯すことはよくない。俺は君の模範であるべきだから……」



「先生、それは一体どういう……?」



「だから……えぇっと、その――――王都の城下町でなにか埋め合わせをしたい。もちろん、ヴィクトリアのほうが悪いと思ってるなら……そのときに俺と一緒に楽しんでほしい。その、こんな奴と一緒なのは嫌かもしれないけど……」



 俺は途中、自分で何を言ってるか分からないくらいにしどろもどろに話してしまう。 だけれど―――ヴィクトリアはそれを見て、わずかに微笑んだ。



「いえ。嫌じゃないです、先生。むしろ、嬉しいです。それに、私は、先生と一緒にいることができればそれだけで……あっ、えぇっと」



 バッチリ聞こえてたぞ。

まぁ、王都で同年代の知り合いもいなさそうだしそういうこともあるだろう。 俺だって馬鹿じゃない。それくらい分かってる。



「……まぁ、教え子から好いてもらって俺も嬉しいよ」


「すっ……ッ!?せ、せんせい、その……今日はやけに積極的、というか……あぅ」



 そういって小声で何かをつぶやくとヴィクトリアはそのまま本で顔を隠して黙った。 ……言葉の選択、間違えたか?





 ともあれ、俺たちは無事に王城へとこのまま向かうことになる。 もっとも、元から偽婚約者であることを理由に外交をやりに行くということが本題なんだが―――少なくとも、まずこれから俺の胃が持つかどうか。 まずはそれが最大の懸念事項だった。

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