第33話『寝取られ男と蝕むもの』
「あぁ、そうだ」
ジョンの目が見開かれる。
かすかな声、それがジョンの体の筋肉全てに力を宿らせる。
「俺は……生きないと」
刹那。
血の湖が一瞬のうちに枯れ上がる。絶望を諭してきた骸たちも皆塵となって消えていく。
「クク……オレの死夢術を見破るとは。小僧……貴様がイル・ファースを撃退したというのは嘘ではなかったようだな」
そして、一瞬で荒野に成り果てたその場に立っていたのは全身を黒衣で覆った痩せぎすの男だった。顔はフードの暗所に隠れて見ることはできない。
「死夢術――呪術の類か」
呪術。
魔術と対を成す存在であり、一般的に人に対して害しか齎さぬものを指す。源流は闇の精霊神の"黒魔術"から始まるが、そこから更に他者への害へ特化したのが呪術である。
「ククククク、困るなぁ。呪術なんてチャチなものとは一緒にされたくないものだ!!」
ボンッ!と火の玉がジョンの近くへ着弾する。
土煙が足元を汚した。
「オレの死夢術はドラゴニア様から与えられ給うた甘美なる神聖術!それを呪術などと同一視する貴様は……やはり粛清せねばならない」
「何言ってるか分かんねぇよ、カルト野郎。さんざん苦しめやがって」
ジョンは腰に差された刀を抜く。
死夢術……ということからおそらくこの場所は夢なのだろうと勘付くジョンだったが、目の前の男の術名からしてどう考えても現実と大差のない場所であるのは明白だった。
「あぁ、野蛮だ。剣を抜いてオレを斬り伏せればすべて解決できると思っている……さもしいなぁ、凡人というのは!」
男が天に手を掲げる。
「諦観の悪夢!!」
荒野の地面から膨らみができたかと思えば、その中から血色の骸骨たちが立ち上がった。
全員が全員、どすぐろい血色の剣を持っており、鋭い種火のような眼光でジョンを睨みつける。
「ひぃ、ふぅ、みぃ、よぉ……100はいるな。人の夢で好き勝手やりすぎだろ」
だが、ジョンは怒っていた。
様々なこともあるが、たった一つ、目の前の男は触れてはならぬ場所へ触れた。
ジョンが親友をおいて逃げたこと。
それ自体は怒るべきことではない。許されないことをした、償わねばならぬこと。だが……。
「俺の親友の皮を被ってあんなことを言わせ、俺の親友を目の前で容赦なく穢した。あいつを馬鹿にしたお前を絶対に許さない。あいつに……あんなことを言わせたお前を、絶対に許しはしない」
ジョンの刀が鈍く輝く。
切先が鋭く光り―――足を踏み込む。
「力無きものが吠えてもなににもなりはしない!かかってこい、凡人!!」
骸骨兵たちがジョンへ一斉に襲いかかる。
一般にすれば死ぬソレ。
「確かに、普通ならそうかもな」
だが、ジョンの目前は切り開かれる。
たった一つの言葉と共に。
「『橘流二文字』」
「あ?」
「【居合】」
夢の中だからこそ出来ること。
体は幼少なれど、精神は前世のままのジョン。それが意味するところは――――。
男の腕が切り飛ばされる。
たった一太刀で。
「だけど……ここなら存分に、力を発揮できる」
かつて、王国で名を馳せた冒険者。その一人。
ジョン・ステイメンは―――けして弱くはなかった。
「き、貴様ァ!!!」
男は見誤った。
たったひとつ、戦場を間違えたということを。




