第32話『蝕むもの、目覚めさせようとするもの』
「ぁ……ご、めん……みん、な……」
会議を終えてヴィクトリアが下から上に戻った時。
ジョンは普段のような健康的な肌ではなく、真っ青で血管を浮かび上がらせてベッドの上で苦しんでいた。
「先生!?」
ヴィクトリアはふだんのお淑やかな風体とは打って変わり、ハイヒールを投げ捨てて急ぎジョンの元へ向かう。
「先生、大丈夫ですか!先生!」
ジョンは汗ばみ、嗚咽を漏らすだけ。
悪夢を見ていると言うにはあまりにも酷く、そしてあまりにもおぞましさを感じさせる。
「毒?いや、部屋への防諜はしっかりとしていたはず。先生に触れるものなど、一人もいないはず。対魔は―――ッ!」
急ぎ脳内のありとあらゆる事象を探って彼女は考え抜く。そして、ある事象のみが浮かび上がった。
対魔。
対魔術・魔法と呼ばれるそれは一般に重視されるものだ。一般に要人用の宿はそういった点もしっかりと為されているのだが、この村の宿は対魔防御があまりしっかりと施されていない。
しかしそれらはヴィクトリア自身が風属性A適正であるということから抜け落ちていたのだ。
魔術とは知の結晶で、言霊である。
故に魔術による対抗というものは属性適性の高いものほど行いやすく、シャムロックの継承者たる彼女もまたそうであった。
だが、ジョンはそうではない。
一般に庶民の適性調査は15歳からなのだが、ヴィクトリアが事前に秘密裏に仕込んだ魔術適正調査にて無属性であることが判明していた。
そう。対策が不完全であった。
自身が横にいれば大丈夫であると思っていたためのミスだった。
「ッ、こんなことになるなら―――いや、それよりも先生を助けないと!先生、先生!」
シャムロック付の魔道士もいるが、呼びに行っている間に容態が悪化する可能性は高い。
ヴィクトリアはひとまずの対抗策として、いくつか覚えている中での一つ……低級の風属性治癒魔術である『小さき癒風』をジョンに使用する。
「風よ、我が手に集え。苦しむ者への癒やしとなり、その苦痛を和らがせるそよ風となれ……『小さき癒風』」
一般に治癒魔術とは光属性の特許である。
しかしそれはあくまでも死に直結するような大きな生傷や病魔や劇毒を治すカテゴリーまでは光属性しかないというだけで、ある程度の範囲ならば水属性と風属性でもカバーすることができる。
緑風がジョンの胸の上を舞う。
だが、その苦痛に滲んだ顔は未だに晴れることはない。
「みん……な、ごめん……おれが、ぜんぶ……わるいんだ……」
「なんッで!なぜ先生が謝るのですか!先生は私や、他の方々を救ってこられたのに!なんで謝る必要があるというのです!!」
何度も、何度も。
齢12のヴィクトリアの体に循環する魔力が昇華し、一人の男を癒そうとひたすらに風が舞っていく。
「せんせい、起きてください!せんせい、あなたが死んだら、私は、どうすれば……先生!!」
「あなたが苦しそうにしていれば私が癒やします。あなたが死に瀕すれば私が救います。あのときから……あのときから!ずっと私の命は先生のものです!だから、だから!!」
「起きて、先生!!」
涙が、ジョンの頬に滴る。
微かなそれが……しかし、蝕むものにひび割れを引き起こした。




