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第31話『寝取られ男と血の湖 Ⅱ』

 俺は、スラムから成り上がった。

平和な村の暮らしは山賊から奪い取られ、全てを失った。悲劇の主人公……そんなふうにどこか思っていた。



 でもそれはちがった。

全盛期の頃の俺には程遠いのに、俺は村を山賊から救えたし、王立学園に行くための勉学さえもできるようになったし、貴族のお嬢様の家庭教師にさえもなれた。



 英雄……本当に小さいけれど、村の英雄にだってなれた。

そうだ、なれた……なれてしまったんだ(・・・・・・・・・・)




 前世で村が焼かれたのは、山賊のせいでもなんでもなくて。俺の努力不足だった。俺が、俺があのときに努力していたらあの頃の村は救えてた。




『そうだ。村を救えていたのにお前は放棄したんだ。お前は努力を怠った、だから山賊に村を焼かれた。お前のせいだ、全部、お前のせいだ』




 師匠が目の前に現れた。

やはりエリシアやヴィクトリアと同じように、死体みたいな肌に空虚な真っ暗な目をしている。




『がっかりだ。所詮、お前は武をやるに値しない』


『努力を怠ったものに未来などない』


『今生で私がお前に目をかけているのはその武術があるからだ』


『前世で努力を怠った上にありとあらゆるものを踏み台にして手に入れたお前の武術があるからだ。もとより凡夫のお前に興味などない』




 心臓が、きゅうと締まる思いがした。

呼吸が辛い。そうだ、俺は……凡人だ。なんの力もない、どこまで行っても無属性で、加護もなく、どこまでいっても英雄にはなれない。





 無数の人々が、俺をあざ笑う。

母さん、父さん、村長、ボーグ、辺境伯、村のみんな……。




『なぁ、ジョン。お前はなんで俺をあのとき置き去りにしたんだ?』

 そして、次に現れたのは―――冒険者になってから初めてできた友人。アルノだった。



 他のみんなとは違って、あのときのままだ。

どことなく力なく垂れ下がった獣耳、少しばかり褐色の肌、毛皮の鎧、ノコギリ刃の曲剣。



「アルノ……それは、あのときはもう助けることができなくて」



『なんで助けられなかったんだ?お前は、俺のことを親友とは思ってなかったのか?』


 あぁ、そうだ。

俺は冒険者になって半年経って、スラムの頃から一緒だったアルノと一緒に古い神殿跡にゴブリン退治へ向かったんだ。



 でも、そこには流れのオーガがいて。

そいつはオーガの中では弱い個体で群れから逃げ出してきたと後で聞いたが、俺達との力量差は明らかだった。




 でも、成功続きで血の気が盛んだった俺は無謀にもそいつに立ち向かった。アルノの制止も聞かずに……。




『あのとき、お前が立ち向かわなければ俺は死ななかったんだ。それなのに、お前は俺を見捨てた。逃げた、自分が悪かったのに』



 アルノの皮膚が剥がれ落ちる。

血まみれで、焼けたような顔になる。あのときの、オーガの棍棒で叩き飛ばされたときのアルノのような、無惨な見た目になって……空虚な目が俺を睨んだ。





「アルノ、ごめん……ごめん……俺が、俺が悪かったんだ」



『ユルサナイ』



『オマエガスベテワルイ』



『ヒトゴロシ』




 湖の表面から、血の雫を貫くかのように手が伸びてきた。長く伸びた指が、俺の体をきつく握り掴み、ギチギチと爪を食い込ませる。




 顔にも手が覆って。

俺の意識は……そのまま落ちていこうとして。






 




 全部、俺が悪かった。

凡人が、ヒーローになろうとしたのが、間違いだったんだ。俺は、不相応な――――人間なんだから。



















 赤い湖面が内側から見える。

空の色も、全部赤く染まって、俺は底へ底へと引きずられていく。







 あぁ、このまま俺は―――――。

俺は、このまま。
















『起きて、先生!』

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