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第29話『寝取られ男は人生初の豪華宿に泊まる』

 もうすでに宿は準備されてたのか、ヴィクトリアは先に比較的大きめな宿へと行く。 使用人の人とで別れてるみたいだが、俺は大きめの宿なんて泊まったこともないしで使用人の人についていく……が。



「婿殿、あなたはあちらの宿ですよ」

 メイドのおばさんらしき人が振り向いて俺に反対方向にある宿を指さした。



 そういや、俺はいまのところ婿扱いだったんだ。

しかし嘘でもそう言われるとなんだか歯がゆいな……。



 まぁともかく、指さした方向の宿を見る。

するとそこは―――ヴィクトリアが入っていった宿だった。宿ってより貴族の屋敷と言われたほうがピンとくるレベルの外観。




「えーと……俺、全然そういうのじゃなくて大丈夫です。そっちの宿で」



「婿殿、こちらの宿にあなたの予約は取っていません。あちらの宿ですでに予約済みです」



 まじかよ。

あんな宿、前世でも全く泊まったことないのに。胸騒ぎが止まらないぞ。




 というか、入り口のとこでお前は庶民の匂いがするから出入り禁止とか言われたらどうするんだ。そうなると俺は宿無しだぞ。まさかあの辺境伯、そのことを見込んで――――!















「ようこそいらっしゃいました、ステイメン様。こちらがお部屋です」




 平然と入り口を通された。

やはり思ったとおり、内装は自然な感じもあるけど確実に懐事情が良いやつしか泊まらないな、という匂いしかしない。




「あ、せんせ……あなた!こっちです!」

 ヴィクトリアが宿泊時のテンションのせいなのか、満面の笑みで手をブンブンと振ってくる。




「あ、うん。すぐ、行くよ……」

 てか先生でいいから。偽物の旦那だから。

あなたとかやめてくれ。トラウマがフラッシュバックするんだよ!






「それでヴィクトリア、俺とはもちろん部屋は個別だよな。あとあなたは恥ずかしいからやめt」


「え?同室ですよ」

 ん?

どういうことだ?俺が同室?




「ど、同室?」


「はい。父の指示で、そのほうが怪しまれることもないだろうと」



 あ、あ………。

あの、あのたぬき親父ィーーーッ!!!!



 ふざけやがって!

こんなとこでケチりやがって!なにが怪しまれることもない、だ!お前自分の娘が襲われる可能性とか微塵も考慮してないか、もしくは襲ったら襲ったで俺を処刑しようとしてるだろ!



 俺は試されてるのか?

もしくはなんだ?俺はどうすればいいんだ?床で寝ろってことか?いや、この宿なら床も柔らかいカーペットだろうしそこまで寝づらくはなさそうだが……。




「あ、あの。せん……あなた、どうかしましたか?もしかして私と同室が嫌だったり――」


 ヴィクトリアが絹みたいにつややかなブロンドヘアーをさらっと揺らしながら、潤んだ碧眼で上目遣いしながら俺にそう尋ねてくる。あと先生でいいから。




「……いや、問題ない。ちょっと考え事してただけだ」

 ……まぁ、いいだろう。

それにいざというときは俺が護衛にもなれる。悪いことばかりじゃない。あと俺はいくらなんでもロリコンじゃないから理性の心配もない。





 ただ。

いつかあの狸親父には一発くれてやりたいとこだ。絶対にいつか必ずぶん殴ってやる……。




 そしてその日は部屋に入ってヴィクトリアが会議に行くのを見送ってから、俺はゆっくりとベッドに転がった。―――不思議と、月が赤いのに気づかないまま。

ここまで閲覧頂きありがとうございます!ブクマ・評価・感想などお待ちしています。


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