第26話『寝取られ男と婚約話』
「そんな急に言われても……困ります。それに、ヴィクトリア様の意思は――」
「先生、いつもどおりヴィクトリアで結構です。それに、私は先生が婚約者になってくださるのでしたらとても光栄です」
「りょ、両親が――――」
「ステイメンくんの両親には既に話を通してあるよ。つい先日にこちらから使者が来ているはずだ」
おいおい、なんでこんな一介の村人Aにそこまで根回しするんだよ。だいたい万一ヴィクトリアと婚約者になんてなったら俺はどうなるんだ?貴族の社会になんて入っていく自信はないぞ。
「ま、まだ心の準備ができていなくて。と、唐突だったものですから」
「ふむ、それもそうか……ヴィクトリア、お前はどう思う?」
「そうですね、先生にもご意思があると存じ上げます。でも……」
すると、ヴィクトリアが立ち上がって俺の耳元に唇を近づけてきた。そのいきなりの行為で、思わず顔が熱くなった。
だが、その直後の声で俺は一気に現実に引き戻された。
「先生、私はこれより王都に向かう予定です。ですが、その際に同行していただきたいのです……なにぶん、婚約者のいない娘は軽く見られます。それに、先生がいると色々と事情説明に滞りなく済みますので」
「……だが、俺は平民で――」
「先生、あなたは『実績』をお持ちです。それに、王都から帰ったら婚約破棄の手はずを進めますので、ご心配なく」
そう言って俺を見て「いかがですか?」と言うふうに、にこりと笑うヴィクトリア。
おいおい、これじゃ報奨っていうより仕事だろ。
なんでこんな形で俺に言ってきたんだ?……と思ったけど、よく考えれば令嬢が唐突に平民の俺を婚約者に仕立て上げて行くっていうのもおかしい話か。
使用人を人払いしてるとはいえ、報奨を与えるという事実は知れ渡ってる。一番自然な方法で俺を連れて行く……ってわけか?確かに俺はその場にいたし、状況の説明もできる。
それにヴィクトリアとは家庭教師と生徒の仲だ。
自然といえば自然だろう。見事なまでの筋道だ。
「……閣下」
「なにかね、ステイメンくん」
なんでもないような顔をする辺境伯。
あぁ畜生、狸親父め。あんたが貴族じゃなかったら俺は文句の一つも言ってるとこだ。
「"報酬"ありがたく頂戴します」
「よきにはからえ、というやつかな?」
そして俺は本当の意味での報酬である"刀"と"銃"を携えながら、今後起こるであろうストレスの根源を思い浮かべながら馬車に乗ってクローバー村へ戻るのだった。




