第23話『寝取られ男と褐色の司祭2』
「……」
村の壁をくすぶる香りが風にのって流れていく。
無数に差し込む夕焼けの光が褐色司祭を包み込んでいた。
「……お見事だ。ここまでやったのは―――ハハハ、子供では君たちが初めてだ」
ふらふらと、腹に風穴を開けたまま褐色司祭は立ち上がる。
「――私の名前は、イル・ファース・ドラグイア。少年たち、君の名前を教えてくれ」
その言葉に、ジョンたちは警戒する素振りを解かずにただ一言返す。
「ジョン、ジョン・ステイメンだ」
「ぼ、ボーグ・アボットだ!!」
「ステイメンにアボット……いい名前だ」
褐色司祭……イル・ファースは槍を支えにしながら、ジョンたちへと歩み寄っていく。
「だが……ハァ、ハァ、君たちにも守るべきものがあるように。私にも守り……お支えするものがあるのだ」
イル・ファースはもはや満身創痍である。
先程の魔術は吹き飛ばされた際に強制的に停止した上に、魔力の昇華を無理やり押さえつけられたせいで体内に激しい損傷さえも負っている。
ザッ、ザッと一歩一歩踏みしめる音が響く。
そしてイル・ファースは最後の抵抗といわんばかりに、火薬槍をジョンへと向け―――――。
「うぉおおおおぉぉぉぉぉぉ!!!!」
だが。
火薬槍が凍り付いた。
槍の周囲を覆い、蒼い氷に火薬槍が包み込まれたのだ。
骨の髄まで凍り、冷え、固まり砕ける死氷がまるでイル・ファースの体中を氷像にしようと駆け巡っていくのだ。
「!?ッ、な、なぜコレが!この魔術は……いや、『魔法』はあり得ん!」
「な、何が!?」
ジョンは火薬槍を弾き飛ばそうと最後の力を振り絞ってまた強撃を繰り出そうとした矢先に、突然イル・ファースの体中を覆っていく無数の氷に驚きとともに怪訝の表情を見せた。
(―――いや、待て。あの魔法……何処かで見覚えがあるような)
「ぐっ!!」
そして。
消耗していて魔力抵抗もままならないイル・ファースは完全に凍りついた自身の腕を、落ちていた青銅の曲剣で切り落とした。
「クハ、ハ……少年―――いや、ステイメン。まさか君があんな隠し玉を持っていたとはな。本当に……称賛に値する」
イル・ファースはそう言い残せば、青色の煙幕を炊いたと思えばそのまま何処へと消えていったのだ。
「おい、待て!ッ、転移玉かよ!」
そして、落日と共に静寂が訪れる。
無数に転がる曲剣と死体の山……そう、村一つを略奪せんとしていたイル・ファース率いる竜教会軍は、ここに敗北したのだ。
「ジョン、やったぞ!り、竜教会を村のみんなで守ったんだ!」
「あ、あぁ……」
喜ぶボーグを横目に、ジョンの脳内には喜びより、ただただある疑惑の心だけが満ちていた。
(あの魔法は確実に"アイツ"の……だが、なぜ?幼少期に会ったことすらないはずなのに)




