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第12話『竜教会、動く』

 ポッカリと空いた丸穴より見える空から光の差し込む聖域とも呼べる場所。

周りは苔むした壁で覆われており、ひどく恐ろしいほどの神秘を感じさせる。



「教主様、聖餐のお時間です」

 法衣を身に纏った男が、中央に置かれた祭壇へと近づいていく。 

 



「もう、そんな時間だったのね」


 祭壇に腰掛けていた少女は、この場と同じく酷いほどに神秘的な風貌をしていた。




 髪はシルクのようにさらさらで、薄い翠緑色。

肌は恐ろしいほどに白く、眼は深みのある溶岩のように紅蓮色に染まっている。だが、なにより目を見張るのは――――その額から伸びる二本の角であった。






「聖餐に使う大猪が狩り人の類に始末されました。おそらく……勘付かれているのではないかと」



 法衣の男はそう言って銀の皿に乗った鮮血にまみれた肉の塊を少女へと跪き捧げた。



 むせ返るほどの血の匂いが充満するが、少女は気にせずに文字通りの血肉をぎゅぶりと指先で一口大にえぐり取れば、口に投げ入れる。




「もう、冬ね」

 寒空。

獣は洞穴で眠り、人は家に篭もり、行商人が日銭を稼ぐために辺りを遍歴するような季節。




「教主様、司祭や信者たちの不満も大きくなりつつあります。日に日に国からの警戒が強くなりつつあるのも事実」


「直ぐに"聖戦"を行いたい……ということ?」


「――――左様で、ございます」



 少女は僅かな時間で血肉を平らげれば、口元に着いた血をぺろりと舐め取る。


 どこか獰猛な、もはやこの世には居ないとさえ言われる竜種のような歓びのような表情を浮かべて――――少女は小さく嗤う。




「冬は寒いわね、ピエール」


「はい、お寒うございます」

 少女は真っ白な流れる布のような服の袖で口元を拭う。真っ赤な鮮血が純白のキャンバスを紅く塗りつぶした。





「真っ白な雪に、血の色はとても映えるわ。竜神様も――――そうお望みかしら」


「悪しき精霊を信じる者たちが血を流すことは当然なれば。白い雪に精霊の血が映ることは、主に浄化の証をこれみよがしと、お見せすることが可能でしょう」



 少女が祭壇から降りる。

柔肌の足が、冷たい苔の芝生へと触れた。





「うふふ………では、始めましょう。聖戦を……竜神様に捧げ、この世に信仰の香りを届かせるための―――聖歌を届けましょう」


「それが教主様と主のお望みとあらば」



 粉雪が、聖域へと降り積もり始める。

寒空はどこか色褪せた色を見せ始めていた。

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