第11話『寝取られ男と斃れた猪』
「流石だ、ジョン」
「師匠」
刀を持ちながら振り向くジョン。
どこにいたのか、木の間からフローレンスが現れる。
「どうやら、無事に倒せたようだな。流石だ……見込んだとおりだな」
「いや、師匠のおかげだよ」
そういってはなにかむジョン。
すると、フローレンスは猪の死体を見る。
「脳幹まで断ち切られている……お前がとどめを刺さなくとも、一時間は長生きはできなかっただろう」
いい腕だ、と付け足せば。
フローレンスは振り返る。
「しかしな、ジョン。俺は少々妙に思っている」
「妙?」
フローレンスは猪の死体を探る。
端から見ても、見事としか言いようのない太刀筋である。
「ジョン、お前は私に学ぶ前はどこで学んだのだったか」
「……独学で」
フローレンスはゆっくりと笑うと、立ち上がる。
その目は、ジョンの目を確かに捉えていた。
「そうか。ジョン、その意識を忘れるなよ……だが、けして驕るな。この世には多くの強者が存在している。未熟なまま、戦おうとはするな」
「もし、未熟なまま強者に会ってしまった場合は?」
さらさらと葉の擦れる音が聞こえる。
ワイルドボアが死んだせいか、小鳥の声などがちゅんちゅんと響き始めた。
「逃げろ。真正面から戦わずともいずれ鍛えれば立ち向かえるようになる」
フローレンスがポンッ、とジョンの肩を叩いた。
どこか複雑な感情をしたジョンがフローレンスを見上げる。
「そう。例え……"今の自分のまま過去に戻った"としても、それだけは忘れるな。私の弟子よ」
「ッ、師匠、俺………」
フローレンスが横に手を突き出す。
長い太刀が握られていた。
「言うな。まだ、言うべき時ではないはずだ」
その一言。
その一言で、ジョンは唇を固く閉じるのだった。
ーーー
茜空の帰り道。
馬に揺られながら黄昏れていると、師匠の声が響いた。
「時空遷移魔法、というものは知っているか」
「いや……知らないよ」
正直、師匠には俺がリセットしていることがバレたのだろうなとは思っている。
当然だ、俺の本来の実力からして……いくら師匠に学んだと言ってもワイルドボアを倒せるはずがない。
アレはある種、俺を測るためだったんだろう。
じゃないと、わざわざああやって猪の傷口なんて細かく調べない。
「かつて、先々王陛下のお妃様がその魔法を使えることができてな。自身の体の部位を触媒の代償に、時間を変えることができた……と聞く」
「それって……過去に戻って粛清帝を暗殺したら帝国を倒せるんじゃないのか?」
ハハハ!と師匠が笑う。
どうやら俺の回答は的外れだったらしい。
「さぁ、どうだろうな。そうなってない以上、不可能だったのだろうよ……ただな、ジョン」
師匠が銀髪を揺らし、俺の方へ振り返る。
その顔は、やっぱり酷く懐かしくて……とても頼りになる。
「今この世界は、何者でもない現実だ。それを忘れず、邁進するといい。時が巻き戻っても、世界が泡沫のはずがないのだからな」




