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第9話『寝取られ男と暴れ豚』

 ワイルドボアの牙が、木の幹を削る。

水気で湿りぬめった泥土の上には恐ろしいまでに深く踏み込まれた足跡が刻み込まれる。




(一歩でも違えば、角に貫かれて終わりだな)

 後ろに一歩、その僅かなたった一歩がジョンの命を生の方向へと移し替える。



 死線を通るに必須な洞察。

ジョンが冒険者にて鍛え果てたその感覚は、けして衰えてはいなかった。


 

「ブゴォォォォォォ!!!」

 興奮したワイルドボアが折り返しで突進を繰り返す。

ただ単純な高速度での突進の繰り返し。しかしそれは一撃離脱であり、獲物のエネルギーを減らし疲労を要する。



 そしてその後にフラフラとなった獲物へとその突進でとどめを刺す。

ワイルドボアの強みは無限とも思える突進の繰り返し、それを支える持久力と機動力に他ならない。



 

 狼や大猫の類は獲物を追い、一撃を狙う。或いはバディと共に挟撃しては最後に追い詰めるだろう。もしくは隠れ潜み、食いちぎることさえもある。


 


 だが、このワイルドボアの狩りは前述の通り特殊だ。

しかしワイルドボアの機動力は恐ろしく、生半可な速度でまっすぐに逃げようとすれば後背を突かれ、自らの口からワイルドボアの牙が血と共に飛び出るに違いない。


 


「どうした、豚野郎。そんな遅くちゃ俺は狩れないぞ」

 しかし、ジョンはワイルドボアに不敵な笑みで挑発をする。小太刀は未だ、鞘から抜き放たれない。


 



「ブルルルッ、ブゴゴ……」

 ワイルドボアは人ではない。

だが、その挑発に簡単に乗り上がった。その肉体を存分に活かし、暴虐の限りを尽くすその突進で付け上がった猿を殺さんと後ろ足に力を込める。


 



「ベーコンか、ハムか、ソーセージか。お前をどう調理するか楽しみだな」

 普通の者なら物怖じして尻餅をつくほどのワイルドボアの圧に物怖じすることなく、なおも挑発を続けるジョン。


 


 立っている位置はワイルドボアの直線上。

つまるところ、真正面向かい合っての挑発だ。




「ブゴォォォォォォォォ!!!!!!」

 



 叫び。

ワイルドボアが後ろ足を蹴った。




 その牙と肉体の重さが組み合わさった残虐な破壊力で木々はどんどんと打ち倒され、間にそびえる障害をワイルドボアはなぎ倒しながらジョンを殺さんと駆ける。





 ――――鞘が、僅かに揺れる。

風か、体の震えか。否。






 ワイルドボアの醜い顔が左右上下に揺れながらジョンへと迫る。




 その汚い牙はジョンを貫き殺すことなど容易いはずだ。

尖り鋭い牙の先がどんどんと近付いてゆく。




 しかし、ジョンは不敵の顔を崩さない。

棄てられた水郷に流れる水たちがチョロチョロと流れる音、静まり返った森に響く魔猪の咆哮が縦横無尽に響く。









 カチッ。

有り得ぬ、金属の音が風に伝わる。――――それはまるで、剣が鞘から抜き放たれたかのような音だ。






「『橘流一文字"兜割"』」

 



 血が、飛ぶ。

だがそれは人の血ではない。






 ワイルドボアの顔半分が、砕かれる。

牙に比べれば半分程度の刃渡りのその刀に、暴虐の魔獣の体が打ち砕かれた。




「ブ、ブギィィィィィィィィ!!???」

 ワイルドボアがその攻撃のせいで勢い抑えきれず、小川へと顔を埋もらせ……体を転がせる。


 



 そしてワイルドボアをそうさせた張本人たる木漏れ日に照らされる銀刃には、べっとりと赤い血液と臓器や骨の破片がこびりついていた。





「さて、ここからが本番だ」

 服の袖で刃の血を拭き取り……捨てる。

ジョンの目は、怖れが写り始めたワイルドボアの残された片目をしっかりと睨みつけていた。


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