第8話『寝取られ男とミッテエルン森林』
ジャ、ジャ、と湿った泥土を踏み抜きながら進むジョン。
彼の手には太刀の拵えではあれど、黒鞘に鉄色の鍔といった飾り気のない打刀のごとき風貌の小太刀がしっかりと握られている。
所々差し込む木漏れ日に、原生林じみた木々、無数の形様々の下生えに高い背の青草。
なにかしらの獣や鳥の鳴き声に、虫の羽音まで精密に聞こえる。ある種、この森は昼であるのに夜のような薄暗さと不気味さを醸し出していた。
(ミッテエルン森林……あんまり行ったことはなかったが、元は水郷だったんだっけか)
水郷。
サンシア地方では帝国全体に恵みを行き渡らせる根源たるカルテット水郷が有名であるが、実を言うと小規模なものであれば各地に存在する。
そしてこのミッテエルン森林は、かつて水郷であった森。水郷としての機能を満足に果たせなくなった成れの果て、というべき場所だろうか。
というのも、ミッテエルン森林ではかつては古くに多数の都市などへと水が引かれていた。
だが、それらの消費する水量がミッテエルン森林で賄いきれる量ではなくなり、次第に溜め込んでいったものが枯渇。
そして中部湖沼地帯などからの水路が作られたお陰で、このミッテエルン森林の水は枯れ果てる寸前で放棄されたのだ。
だが、人が使わなくなれば再び水が出るのも自然の強かさ。
ミッテエルン森林の外では目立なかったが、中にはおびただしい量の水が溜まっては木々の根や土のくぼみを伝い枝分かれの小川となって流れている。
「師匠が言うには―――このへんのはずだ」
ジョンはフローレンスから渡された黄ばみの手書き地図を木の根元に座り込んでは開き読む。
小さな棒状の墨で書かれたそれは粗く簡素だが、一先ずの位置関係は把握できる。
「しかし、戦いづらそうだな……こんな水と木だらけじゃ……っ」
ふと、ジョンの声が塞き止まる。
熊のような、しかし狼のような……されど豚のごとく甲高い唸り声が一閃となって響いたのだ。
「おいおい、そっちからお出ましかよ……」
森の奥から赤く反射する双眸が現れる。
黄ばんでいるが枝木のような幾何学の形をした牙、だらだらと下に垂れるよだれ、そして独特の模様を刻む紫の毛皮。
普通と比べていくつか小ぶりだが、それはまごうことなくジョンの考え描いていた獣。
「ワイルドボア――――ッ!」




