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第8話『お兄様、お可哀そうに』

「あら。お兄様、お目覚めですか?」


 シロツメクサの海の上。

もはや満身創痍、動くことすらままならない男……ヘンリーは物乞いのような目で目でその声の主を見上げる


「ゔ、ヴィクトリア。助けに来てくれたのか」


「ふふ」

 

 夜明け。

ジョンとの戦いに負け、彼が去ったあとの時間。

未だ朝と夜の入り交じるその早朝とも呼ばれる時間に、二人の兄妹は対峙していた。


「あ、あの男が……お前の家庭教師が俺を殴ったんだ。俺はなにもしてないのに!」


「まぁお兄様。二度目があるとお思いで?」


「え?」


 ヴィクトリアは要所に薄い鉄の板甲を貼り付け戦闘用に調整された黒色のドレスの裾を揺らしながら、もはや動けぬ兄へと近づいていく。


「帝国との内通、山賊の扇動、ゴブリンを人里近くへ不当誘導。いくら貴族といえど、許されない罪です」


「あ、お、俺はそ、そんなことし、しては」


「お兄様、あなたに忠誠を誓っていたバイロンは今頃泣き叫んで助けてくれと言っています。自らの犯した罪を精霊教の司祭に懺悔しながら、ね?」


 ヴィクトリアは怯え果てた兄の両頬を右手の指で押し込むかのように掴む。そして表面が荒れ果てはいるものの貴族特有の冷えた餅のような感触の頬に指を突き立てた。


「あがっ」


「失神して逃げるのはもう終わりですよ?お兄様。泣いて、叫んで、失禁して、気を失っても。私はあなたに死という救済を与えて差し上げます」


「ひ、ひくとりあ!ほ、ほんなことひひうえがゆるひゅはじゅが!」


「お父様?」

 ふふふ、とヴィクトリアは不敵に狂気を含めた笑みを響かせる。

その目はまるで血に狂った獣の如き光を走らせていた。


「お兄様、王国は帝国と何年も敵対してしています。それと内通し、村を襲った。お父様がどうしようが関係ありません……この件は私に任され、王府は内通を許可してはいませんから」


「ぇ、え?」


「お兄様。苦しまず逝去されるように嘆願はして差し上げます……どんな方法がいいか希望はありますか?」


「い、いやだ。俺は死にたくない!死にたくない!」


「うるさいです」

 強く、指が押し込まれる。

まるで頬の内側に突き抜けしまいそうなほどの圧力で、指が頬の肉へと食い込んだ。薄く皮膚が破れ、血が垂れる。


「い、いだいっ!」


「今からお兄様は王都へ連れて行かれます。お父様が拒否するようであれば王府の使者を通します。山賊共は反抗できぬようさらし首の上で狼の餌にして皆殺しに致します。あぁ、でもお兄様に協力した従者はちゃんとお兄様と一緒に連れて行って差し上げます。あの世に向かうには一人ではお寂しいでしょう?」

 ヘンリーは白目をむき始める。

ちょろちょろと股から音が聞こえる。


「あらあら」

 ヴィクトリアがヘンリーの耳に唇を寄せる。

だが、ソレはけして口づけではない。


「お兄様、お可哀そうに」

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