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第4話『迫る、審判の時』

 先生が休暇に出たと聞いて数日も経たないうちに、私の耳にある報告が入りました。


 先生がゴブリンの洞窟に入って意識不明であると。

その時の私は正直言ってまともな感情ではなかったのでしょう。


 もし先生が死んでいたら。

もし先生が戻ってこなければ。私はどこに向かえばいいの?

とたんに、目指すべきだった光を失った気分になったのです。


 武術の鍛錬もまだ始めたばかりだったこともあります。

お兄様の脅威がなくなったとはいえ、私の当面の目標である"先生を守る"ということ。先生が死んではそれを守れない、先生を守ることはできなかったということになる。




「急ぎ、早馬を出してください」


「――お嬢様、外出の際は閣下にお許しを」

 一瞬、反論しそうになりました。

そんなことは関係ない、私はすぐさま先生の安否を確認したい、と。

でも、喉に押し込めます。先生ならなんて言うでしょうか?


 そうです、私が行うべきは弱い日の軟弱な私がしていたようなことではない。先生が……たとえ死んでいたとして、私には辺境伯の娘としての矜持があります。


 私をまるで見定めているようなピエールの鋭い目。おそらく……すでにここで測られているのでしょう。であればしっかりと彼の目に対し両目を合わせ、私は甘い考えを捨てて急ぎ考えた結果を口に出します。


「ピエール」 


「はっ」


「クローバー村のゴブリンについて調べをつけるため、お父様の許しを得に向かいます。構いませんね?」


「……御意」

 その後、私はお父様の部屋へとピエールを連れ向かいます。

ふとピエールの方を見れば相変わらず、露骨に人を測る目を隠そうともしない。兄さん……いえ、お兄様が家督を継ぐに相応しくないと考えてでもいるのでしょうか?


 あのことの後、お兄様は全くの消息を見せません。

お父様曰く、領内の離れに謹慎させたとのことでしたが。

……いくら脅威が去ったとはいえ、あのお兄様のことです。また、くだらない策謀を練っているのでしょうね。


 それが先生や領民に危害が加えられるようなことならば、私が今度は止めないとならないのでしょう。それがまことの貴族ノーブレス・オブリージュというものなのだと……そう、理解したのですから。



「お父様、ヴィクトリアです。私用があり参りました」

 コンコン、と黒檀の大きな扉を叩きます。

すると2秒もたたずに両開きの扉がガチャン、と開きます。

すると部屋の中でたゆたっていた夏風がそよ風となって私の髪が金色の波のようを揺らしました。



「よく来たな。ヴィクトリア」

 お父様は部屋の正面奥で、初代辺境伯のことを描いた絵画を背景に執務机に両肘をついてゆっくりとこちらを見据えています。笑顔一つなく。

やはり、お父様も私を測られているのですね。



「はてさて、私用とはなんだろう?ゴブリンに襲われたクローバー村のことだろうか?」


「はい、お父様……そのことです」

 するとお父様を目を細め、その瞳に真正面で立つ私のことを写しました。サラサラと爽やかな風の音だけが響きます。



「正直に聞く。私情か、それともおおやけか……回答次第では許しは出さん……もちろん、嘘を言ってもだ」

 私は今まで政務などに考えが至ったことなどありませんでした。

そんな私がたとえば私情に任されていたということを隠し、公と言ってもお父様には丸わかりです。辺境伯というのは、それほどまでに人を見る目が富んでいるということ。



「さて、どちらだ。ヴィクトリア?」

 そう言ってお父様が仏頂面で私を見据えているのがわかる。

そして私はそれに向かって泣くことも黙ることもせず。

ただニッコリと笑ってみせます。



「私情です」


「ほう?辺境伯の権威を私情に使うということか?であれば」


「ですが」

 つかつかとお父様の方へと歩んでいきます。

お父様はあいもかわらず表情ひとつ変えてすらいません。でしたら、私がそれを壊してみます。



「公でもあります」


「どっちつかず、か。私はどちらか選べといったはずだが?」


「お父様。たった一人の友人と領民の住まう村の危機、その二つを考え行動してはならないのですか?」

 ピクリ、とお父様の眉が動きました。

その"変化"に対し私は笑みを壊すことなく、次の一手を打ちます。

 

「どういうことだ」


「"友すらも恋人すらも思えぬ者が人民を救うことなどできるはずがない。人の心を失った為政者は不完全な機械に過ぎないのだ"」


「……初代国王陛下の言葉か」


「人の心を伴い公務を果たすこそが貴人である、私はそう感じています。初代国王陛下は人民を友人と思い亜人の友人もおられたと存じ上げていますから……その上で、私はお父様に許しを得たく思います」


 お父様はゆっくりと顔を俯きます。

そして、静かに次の言葉を紡ぎ始めました。





「く、くくく」


「お、お父様?」


「合格だ。ヴィクトリア……まだ青いが、それでもお前はまごうことき辺境伯の一門であると私は認める」


 そしてお父様は不敵な笑みを浮かべると、すばやく書簡を書き始めました。辺境伯直筆の許可、つまりそれは辺境伯領内では陛下のものと同義に扱われるものです。



「ピエール、お前はどう感じた?」


「正直に申しますと―――王国では家を継ぐに男女は関係ないとはいえ、ヴィクトリア様が嫡男であらせられたらよかったと切に思いますな。ヘンリー様は少々歪まれているかと」


「まったくだ。ヘンリーはけして無能ではないとはいえ家を継ぐにふさわしくない。それにあの子はどこか狂ってしまっている。エイダが生きていれば……そう後悔しても、あの子を"機械"にさせてしまったのは自らのせいだというのにな」


 そして、お父様からしたためた許可証を渡されました。

まだ、インクの乾ききっていないまっさらな許可証。右端にはしっかりと蝋印が押され、紙の裏側から温かみすら感じられます。



「ヴィクトリア。おそらく私の予想だとこの件はヘンリーが仕込んだことだ。あの子は既に家を継げないが、まだ道には引き戻せる」



「お願いできるか?ヴィクトリア。この父の願いを、聞き入れてはもらえるか?」

 

お父様。

私はヘンリーお兄様に虐げられていた身。そんな人間に、お兄様を止めろとおっしゃられるのですね?



「……兄様を道に戻すのは妹の役目、そうお父様がおっしゃられるのでしたら――そうさせていただきます」


 お父様。

私がお兄様を楽にして差し上げます。ですから、ご安心ください。



 もう二度と誰にも迷惑をかけられぬように致しますから。

ふふっ。

間章については話数が少ないので一日2回投稿を目安に投稿しています!要望等あれば3回投稿に戻すことも考えるので、ぜひよろしくお願いします!


ただどちらにしても間章が終わってからは3回投稿に戻しますので、その点は大丈夫です!

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