第3話『黄昏時の私』
「もう二度と、先生と私に関わらないでください」
黄昏に輝く回廊で、私は怯え果てたお兄様の真横へとナイフを突き立てる。
兄様はそのせいで失神したのか、もう何もしゃべることはなかった。
いつものように部屋へと戻っていたらたまたま騒ぎを聞きつけて。それでその結果、このようになってしまった。
先生の方向を見る。
すると先生はどこか暗い表情をしていた。
私の、これが、今の私が……本性なの?
とたんに暗い考えがよぎる。
先生が私を、私を捨てるのではないのか。
もし、先生に捨てられたら私は。
私はどうしたらいいの?
手が汗ばむ。
喉が渇く。黄昏の日の光が肌を温く温め、不安感と焦燥感が心を満たしていく。
ふと、先生にすべてを聞いてしまう。
私を兄様から守ることが本当の任務だったのか、といったことを。
先生は否定しなかった。あぁ、本当だったのですね。
「ぁ――――じゃあ、もう家庭教師はやめられるんですか?っ、兄さんは今後私を襲うことはないでしょう。先生が残る理由は……なくなったと思います」
先生にその言葉が全て伝わっていたのかはわからない。
もしかしたら、本当に去ってしまうのかもしれない。
だけど、それでも。
私は先生にいなくなってほしくない。
先生の目を見る。
先生は兄さんに殴られたせいか、頬や体のどこかしらが青くなっていた。とても、痛々しい。
「いえ、辞めませんよ。辺境伯閣下から言われるまではやめるつもりはありません」
唐突に放たれたその言葉。
でも、それは私が求めていたものだった。
あぁ、先生。
先生はこんなことがあっても、私を見捨てられないのですね。
唇をわずかに噛む。
嬉し涙を出したかった。でも、先生の前で……もうみじめな姿は見せたくない。
だから、私は精一杯に微笑む。
口角を上げて、にっこりと。上手く笑えたのかはわからないけれど、それでも先生は受け入れてくれた。
そして、その夜。
私はいつものように湯浴みをした後に自室へ戻り、鏡の前で金色に光る髪をさらりと触る。
私の見た目は、普通にはかわいい……と思える見た目をしているらしい。
なら、おしゃれをしたら先生は喜んでくれるかな?
そんなふうに思いながら。
先生の顔を思い浮かべる。
先生がどう思っているかはわからないけれど、先生は私にとって初めてできた友人で、先生で、そして……。
「先生、今度は私が守ります。先生を絶対に、お守りします」
だから、私は武術をすることを決めたのです。
弱いままではいられない。弱いままでは兄様にいつまでも負けてばかりになる。
父様がどちらに家を継いでほしいのかはわからない。
それでも、私は辺境伯を継ぐ心意義でこの先は歩んでいこうと心に決めたのです。




