第42話『Dawn of the beginning 』
「うぉらぁ!」
ジョンの頬にヘンリーの拳が穿たれる。
だがジョンは声も出さず、その場から一歩も動かずにヘンリーの腹を蹴り飛ばす。
ヘンリーの口から絞り出された悲鳴が僅かに空気を揺らし、それと同時に舞い上がった花びらが夜明けの訪れつつある空に浮かぶ。
「ふ、ふざけるな。俺が、平民に負けるなんてことは―――ありえない!」
「まだそんなこと言うのかよ……いい加減ッ、分かれ!」
ジョンによる拳撃と脚撃を織り交ぜた連撃がヘンリーの腹部をドスドスと穿っていく。
その都度ヘンリーは短い悲鳴を上げ、反撃もできずに広葉樹の幹へと激痛とともに叩きつけられた。
そして彼の表情は苦悶に満ちており、その表情は痛みに対する生理反応だけではなく、屈辱による怒りや憎悪によるものが要因であることが露骨にわかるほどだった。
「底辺の、平民如きが!」
「たとえ底辺でも!俺は泥水すすってでも、死にかけてでも、血反吐はいてでも、ゴミまみれになってでもやってきたんだ……。それを簡単にお前の階級なんぞで覆されてたまるか!」
ヘンリーの頬がジョンのストレートパンチの衝撃で波打つ。
唇の端は弾け飛び、鉄臭い紅蓮色の鮮血が虚空を飛んでいる。
辛うじて立ち上がろうとしていたヘンリーの膝はその一撃で容赦なく折り曲がり、もう何度目かもわからないほどに膝に泥をつかせてしまった。そのたびにヘンリーの感情を屈辱の闇が覆い、狂わせる。
「うぎぃ、ぐ、クソォォォォ!」
そうした刹那、負けに追い込まれそうになったヘンリーが血と涙と鼻水にまみれた顔をくしゃくしゃに歪ませて、地面に腕をついて半ば土を這いずりながら右腕を突き出した。
そして先にある開いた掌底の真ん中には風の奔流が舞っている。
風魔術。いくらジョンが鍛錬をしてきたといえども、直撃すればただではすまない。
「我が手に集え、魔導の風よッ!死ねェっ!『旋風槍』ァ!」
竜巻のように渦巻く風は、腕の肘から下をぐるぐると覆う。
そして強風がいくつも重なり合う恐ろしい音が共鳴しあい、ジョンに向かって放たれた。
ジョンの表情がかすかにこわばる。
だが、もう不思議と脚は動いていた。
(当たれば死ぬ。確かにそうだろうよ……でも、ここで止まるわけには行かないんだ)
そしてジョンが行く先は背後でも、ましてや左右でもない。
風の迫る方向、まごうことなく正面きってだった。
「ば、馬鹿め!お前はそのまま八つ裂きにされる!そうなれば―――俺の勝ちだぁぁぁぁぁ!」
ヘンリーの醜く成り果てやつれた顔が歓喜の色に染まる。
だが、なおもジョンは構わず歩き進める。
そして恐るべき速度で発射された旋風槍はジョンを食らい尽くそうと唸りを響かせる。シロツメクサ一面の地面に一筋の跡を描き、花びらを巻き込みながら。
だが、旋風槍はジョンの手前で消え失せる。
ヘンリーの表情が、一気に困惑と絶望の入り交じるモノへと変わった。
「旋風槍の適性はD。俺の直前で消えたということは……適性足らずってことかい?」
「あ、あぁ、そ、そんなバカな。俺は、たしかに撃てたはずだったのにィ!」
ジョンは止まらず、腰を抜かしたヘンリーへと歩み寄っていく。
自らよりも年齢が下であるはずなのに、まるで歴年の戦士の如きオーラを醸し出すジョンを見てヘンリーは恐れを顔に出した。
「魔術適性は発動できる、できないといような基準だけで作られていない。90%以上の確率で対象魔術が発動できるか否か――――それが基準の一つ」
ヘンリーはゆっくりと言葉を紡ぎあげるジョンからひたすらに腰を地面につけたまま後ずさりを繰り返す。
「アンタはおそらく多少練習はしたんだろう……。そして、こう思ったはずだ―――適性は嘘であると。ちゃんと勉強していたら分かったはずのことを、アンタはろくに調べもせず自分の才能だと勘違いした」
「ちゃんと勉強をしておくか、もしくは身の程わきまえて適性レベルの魔術を撃っておけば俺を倒せたかもしれないのにな。にもかかわらず下手にプライドや力を重んじた末路が今のアンタだ」
「うるさい!お、お前さえいなければ!お前とアイツさえいなければ俺は幸せになれたのにぃ!」
言葉だけは立派だが、ただ恐れだけを宿らせた目でジョンを見上げるヘンリー。
それに対してジョンは最大限の軽蔑を込めた目で目の前の男を見下す。
「アンタがやったことといえば自分の才能や境遇を自分のせいとは微塵も思わずに環境のせいにしたくらいだろう?確かにそう思いこんだら楽かもしれないが、努力もせずにとても前進なんかできはしない」
夜明けが、訪れようとしている。
双子の月は沈み地平線の向こうから太陽が上がり始め、斜線のように差し込んだ日光が優しく柔らかに辺りを静かに照らし始めた。
「……俺に比べたら、遥かに才能があったはずだろうにさ」
どこか哀しげな声。
無能力で無属性でなにも得られなかった男の小さな呟きは、しかし誰にも聞こえることない。
そしてヘンリーはもはや失神してその場に倒れ伏せていた。
やはりあのときと同じように失禁しながら。
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