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第37話『寝取られ男と絶望』

「来ないね」

「あぁ」

 もう夕方が訪れつつある。

今逃げてもいい。だけどそれじゃあ村は滅びる。

家族を連れて逃げようにもそれは叶わないだろう。場合によっては前世より悲惨なことになるのかもしれない。


「……ボーグ」

「なんだい、ジョン」

「お前だけでも逃げろ。少なくとも、俺が生き残るよりかは――」

 ぽんっと肩に手が置かれる。

なぜか、ボーグが笑っていた。


「ジョン、僕はさ。確かに輝かしい未来があるのかもしれない……でもね、たとえどんな人間にでも矜持くらいはある。未来を優先して親友を捨てて逃げろ?そんなこと僕には無理だ」

 前世では、俺が実質ボーグを見捨てたようなものだった。

だけどボーグは俺のことを見捨てようとはしない。親友だから――ただそれだけの理由で、自分の未来を捨てる覚悟ができる。 


「ボーグ」

「ジョン、どうせなら最後まで足掻こうじゃないか。大人たちが役に立たないなら、僕らがやるしかない」

 そうだな。

俺たちがやらなければ、誰がやる?今ここで俺たちがやらないと、駄目なんだ。

ボーグも緊張しているのだろう。唇はこわばって額からは汗が垂れている。俺もそうだ、だけど逃げる気にはならない。


 今生はここで終わるのかもしれない。

それでも、絶対に必ずあがいてやる。

















 西の平野。

どこまでも続くように見える草原の先に、ぽつぽつと無数の松明の光が見えた。


 ナタを握る手が汗ばむ。

喉が乾いている。どうしようもなく心臓も震えてる。

でも、逃げない。


「ジョン、僕は戦闘向きじゃない。だけど、こんな事態じゃ致し方ないよね」

 ボーグが棍棒のようなものを持っている。

戦闘の心得なんかないのに、ボーグは笑みを浮かべていた。

苦し紛れの、カラ元気なのかもしれない。でも、俺も不思議と笑みがこぼれていた。


 土を踏みしめる音が聞こえる。

迫ってくる音も、空気も、熱も、なにもかもが肌をゆっくりと撫でていく。


 双子の月が暗黒の空で爛々と輝いている。

無数の点模様みたいにどこまでも続く星空が俺たちを見下ろしている。

俺の武器はこのナタ一本だ。ナタが壊れたら敵の武器を奪うか、それができなければ噛み付いて殴ってでも阻止するしかない。


 上等だ。

ドラゴンに挑んだ時に比べたら、あの雨の夜のときに比べたら。


 山賊共が近づいてきている。

雄叫びのようなものが耳をつんざいた。

松明の明かりに照らされる荒々しい顔が目に入った。

片目がいないもの、顔に傷だらけのもの、顔半分が焼けただれたもの。ひとりひとり、山賊を選んだのにはそれぞれ理由があったんだろう。


 だけど、俺にとっては等しく悪者わるものだ。

絶対にこの村を、守ってみせる。

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