第32話『寝取られ男は夢を抱く』
翌日。
体調や具合も整ってきたので、親の許可を貰い外へ出る。
やはり暗い雰囲気は変わっていない。
俺の家は良かったが、他の人は家族も失っている人がいる。
生活基盤の小さな村にとっても、働ける男手が9人近く亡くなったというのはあまりに重い出来事だ。
だが、俺がどうできるという問題ではない。
それにまだこれで終わりなわけではない。
山賊の襲撃までに立て直さないといけないのだ。第一、ゴブリン相手に死にかけているやつが村を守れるわけがない。
「俺が、頑張らないと」
俺が頑張らないと、村を助けられない。
唯一未来を知っている俺が頑張らないと、村を助けることはできないんだ。
「やぁ、ジョン。もう傷の具合は大丈夫なのかい?」
「おう、もう心配ないさ。ちょっとばかり痛むところはあるけど、だいぶ治ってる」
そういって体を動かしてみる。
ボーグは相変わらず脇に分厚い本を抱えているものの、今日は魔術関係のものらしい。
「それよりジョン。君、もう基礎は終わったんだって?凄いじゃないか、数ヶ月で基礎を終えるなんて君は才能がある」
「いや、まだまだだ。基礎くらいじゃ、学園は入れないからな」
ボーグは苦笑いを浮かべた。
どこか、その表情は暗い感じがする。
「君みたいな人間ばかりだといいのにね。なにしろ王立学園に入るのは殆どが貴族の家のコネを使った者たちばかり……上辺だけの学科試験はあるけど、せいぜいの範囲が基礎レベルだと聞く。平民は基礎以上を求められるのに」
「貴族は子供の頃から教育を受けてるんだろう?基礎以上でも問題ないんじゃないか?」
「全員が全員、教育を受けられるから喜んで向き合う人間ばかりではないのさ。学園側も王侯貴族がパトロンだから、国王が口を出してこない限りは貴族のご機嫌を取るしかないわけだね」
だから貴族は学科試験のレベルが低いのか。
そしてパトロンではない平民はどうでもいいけど、とりあえず枠だけ作って受け入れる姿勢をとってるわけか。
「まぁ平民にも種類がある。それこそパトロンをしてる大商人とかだと貴族枠に入れられることもあるそうだよ」
「拝金主義ってことか」
「そういうこと。まぁ、だからといって僕らが勉強を諦める理由にはならないけどね。僕には蒸気機関を生み出すという夢があるし――そういえば、ジョンはなんで王立学園に向かうんだい?」
なんで向かうのか。どんな夢があるのかってことか?
そういえば、あんまり深く考えたことはなかった。
でも、ボーグのことだから俺が正直に『良い仕事について楽に暮らしたい』って言っても応援してくれるだろう。
だけど、なんだか……とりあえず見栄を張りたい気持ちがある。それにでかい夢がある方が有利だとも聞くし、どうせ人に語るなら綺麗なキラキラした夢のほうがいいはずだ。
「俺は最強になりたいな」
「最強?」
「王国で一番信頼される男になりたいんだ。俺はたぶん他の人より才能がないからさ、加護持ちとかにはどうしてもかなわない。それでも俺はそいつらを押しのけて、最強になりたい」
ボーグがポカン、とした表情になる。
あー……ちょっと見栄張り過ぎたかな。今になってすごく恥ずかしくなってきた。
「す、すまん、やっぱり今のはなしで……」
「いや、凄いよジョン!それなら僕も最強を目指そう!蒸気機関だけじゃない……他のことだって成し遂げられる人間になってみせようじゃないか!生まれ持った血統でのうのうとのさばっている貴族連中を全員押しのけて、僕がこの王国の魔導を進化させてみせる!」
ボーグがやけにテンション高くそう声を上げた。
そっか。ボーグは確かに頭脳明晰で大人びてるけど、身体的には俺と同年代なんだよな。なら夢は……でかいほうがいいと思うよな。
ふと空を見上げた。
相変わらず、爽やかな群青色の絵具を塗りたくったようなキャンバスに綿菓子みたいな雲をくっつけたみたいな見た目をしてる。そして真上に、太陽が煌々と光っている。
なんだかんだ、前世では全然空を見てなかったな。
大きな夢は俺なんかには成し遂げられない、俺みたいな才能なしには成し遂げられるはずがないってどこかで諦めてたからか。
そういえば前世の俺は、いつも青空が曇天のように見えていた感じがする。空なんて見上げてすらいないのに、いつしか空は鉛色に濁って見えると思いこんでた。だけど、空はこんなにも蒼くて綺麗じゃないか。
山賊の襲撃、文字通り人生初の王立学園への挑戦、そしていつかは訪れる帝国の宣戦布告。それ以外にもたくさん、障壁があるのかもしれない。俺の心を踏みにじり折るような壁がたくさんあるのかもしれない。
だけど、今生ではもう思い込むのをやめにする。
夢を追い続けて、いつも空を見上げられるような人間になってやる。
蒼い空を鉛色の空だと勝手に思い込んで諦めるようなみじめな人生はもうごめんだ。




