第18話『師匠と竜神/後編』
「消えなさい」
すべての光を切り裂いたフローレンスに対して、なおも幾何学的に展開した全方面からの飽和攻撃を繰り返す竜神。
だが、フローレンスはそれらをすべて斬り飛ばしていく。目を閉じ瞑想し、落ち葉を切り裂くが如き無我の中。
不確かでぼんやりとした存在を、捉え斬る。
正しく、朧を断つ所業。
そして長きの眠りより目覚めてから初めて生じた一種の畏れ。竜神は、心の隅でそれを覚えた。
「消えなさい」
光が砕ける。
白虹が両断される。
「失せなさい」
すべての魔力を斬り捌き、ゆっくりと歩みを進める白銀の虎が見える。
「滅びなさい!」
白刃が、竜神を捉えた。
夥しき鮮血が、竜神の左眼から噴き出す。
「ぎ、ぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
左眼を抑え、思わず膝を崩す竜神。
たった一撃で滅ぶ程に脆く、自らに触れることすら叶わぬ人間。それがあろうことか、自身に傷をつけた。その上、無視できぬ怪我まで与えた事実。
それが、ついに竜神の心の底から羞恥と怒りを湧き出す原動と鳴った。
「竜奏術第二章"狂王之運命"」
天地に赤い魔導陣が展開されていく。
一つだけではなく、幾重にも重なりフローレンスに目掛けて真紅の光線が放たれる。
「芸が無いな」
英雄はそう呟くと木々を蹴り上げ、空に飛び上がる。空中を飛ぶその姿へと、紅き光は軌跡を描きながら追尾していく。
「舞いなさい」
空中へと無数に展開していく魔導陣。
その数は数十を超え、そこから絶え間なく紅光の奔流が撃ち出される。
そんな中、フローレンスは空中で身を翻らせる。
正面には空を覆うほどに放たれた朱色の流星群が迫ってきていた。
「竜神よ。人は受け継ぎ、語り継ぐ生き物だ。幾度も重ねてきた記憶の海の上で、運命を開くために生き抜く」
彼はそう呟くと逆手に刀を持ち替え。
そして素早く鞘に収めては、姿勢を低く傾ける。
「だから何だというのですか?」
「貴様を斬るのは私ではない」
閉ざされていた瞼が開く。
眼は、竜神を映している。
「人々が培ってきた幾千の記憶だ」
鯉口がかすかな音を立つ。
瞬間、疾風が閃いた。
「桜流大奥義"千紫万紅"」
「………」
互いに、血が噴き出す。
膝をつくフローレンス。そして、竜神は腹に大穴を開けていた。
「ハーッ……ハーッ……」
「――見事です、人間。私はあなた達を侮っていました」
竜神は虚ろにフローレンスを見下ろしながら、手を前に突き出す。
「私が死のうと、必ず貴様を倒すものが現れる……」
「いいえ。私に刃を届かせるものは、現代において貴方だけでしょう」
手のひらに紅白の光が集う。
そして竜神はフローレンスに、慈愛の瞳を向けた。
「安らかに逝きなさい」
『竜奏術第三章"閑寂之終焉"』
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