第12話『寝取られ男とイル・ファース/中編』
ガギィン!
激しい火花を散らしながら、鋭い銀刃同士が交差して鍔迫り合う。
「強撃!」
「ぐっ、おおォォォッ〜〜!!」
とてつもない力の剣撃に耐えるが、体中から無数の汗を垂らし、苦しみの色に顔を染めて、振り下ろされた力に耐えるべく固く噛み締めた唇から血を噴き出すイルファース。
武技というものは訓練の練度で大きく変わる代物だ。 D級冒険者の使うアタックと、A級冒険者の使うアタックでは文字通り雲泥の差が生じる。
俺は体こそ小さいが、技術で言えばA級相当はある。地力との関連性を込みにすれば……おそらく、先程はC級の剣士が撃ち込んだ渾身の一撃と同等だろう。
そして落ち葉を舞い上がらせながら、奴は俺の剣をなんとか弾き返して後ろへと飛び下がった。
……あの一撃を受け流すってことは、確実にB級以上の実力はあるってことか?
「ぜぇ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ。やるな、少年……」
「チッ……決められねぇか」
やはり、この体じゃトドメの力は出し切れない。
さっきの一撃を何度も出せるなら勝機はあるが、地力のせいで限界があるから武技の性能にムラが出来てしまう。
「……少年、私は君のことを買っているのだ。その身でありながら、恐ろしいほどの武術に通じている。まさに秀才……いや、天才といえよう」
「バカ言うなよ、俺は凡人だ。自分でも反吐が出るくらいにな!」
牽制の意味も込め、俺は刀を片手に切り替えては一気に側面に回って斬りかかる。空いた手は素早く移動して方向を転換するときの重心にしながら。
当然、奴はシミターで受け流してくる。だが、先程と比べて攻めっ気はない。俺も消耗してるが、奴も消耗してる。軽い一撃でも入れられたら危ういってのを解ってるんだろう。
そしておそらく、次に武技が来る可能性を警戒している。だから隙を無くすためにわざわざ守勢へ回っているんだ。
「なぜそう自らを卑下する。素晴らしい能力を持っているじゃないか!」
「お前の目は節穴か?どうみても凡人だろうが!」
互いに言い合いながら、俺は奴の目に僅かな殺気が宿ったことに気づく。
(───まずい!)
会話で一瞬、ほんの一瞬だけ気がそらされた。
迂闊だった、こんなものは戦闘では常套句だと言うのに。
なんとかして、切り返さなければ。
どうにかしなければ、殺される!
「ッ、反───」
「勝たせてもらおう……破撃」
体が、弾け飛んだ。
痛みはない……ただ、森の匂いがひどく鼻の中で充満していた。同時に、自身の肉が切り裂かれる死の声が一気に耳へと響く。
激痛。
赤い花が馬に踏まれ、花弁をほとばしり撒き散らせるように、俺の体から激しく出血する。
「がっ、ぁぁぁぁッ!!」
思わず耐えきれずに声を漏らしてしまうが、震える意識の中で俺は近くの木に背中を預け、なんとか片手で刀を構える。
刃先は生まれたての子鹿のように細かに震えていた。
深い緑色の水郷の風景がぼやけた視界の中で油絵のように見えてしまう。
奴はとどめを刺そうと静かに俺へと近づいてきていた。
まるで死刑執行をされる囚人のような気分で、思わず歯を見せ笑う。さながら凡人には相応な死に方なのかもしれない。
あぁ、それでも。
それでも───。
「それでも、俺は死ねないんだよ」
誰かが大きく手を叩いたような短い炸裂音が響く。
それと同時に、イル・ファースは膝をついた。
「ッ、ガッ……な、なにを……ガフッ……が、ぁ……」
「お前が……近づいてくれる時をずっと待ってたんだ。こうやって、大手を広げて馬鹿みたいに来てくれるのをずっとな」
俺の片手───刀を持っていなかった方にはピストルが握られていた。
「なぜ、ピストルを出した素振りはなかったはず……」
「あぁ、ずっと袖の中に隠してたんだ。苦労したんだぞ、わざわざピストルが下へ落ちないように刀を両手で持ったりな」
自らの血の匂いをそのままに、俺はイルファースに対して近づかない。奴はまだ剣を持っていた。
「これでお互いフェアになった。こいよ、イル・ファース──今日ここで俺があんたを殺してやる」
「……少年、素晴らしい。素晴らしいよ……君の力───!私にもっと見せてくれ!」
そして眼の前の男は騙し討ちに怒るわけでもなく、ただ爽やかな笑顔でそう返してくる。
油断ならないやつだ。
そう心に決め俺はピストルをホルスターへと仕舞い。
手に刀を──左手にナイフを携え、前へ駆ける。
狙うは奴の首、ただひとつだ。
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