第6話『令嬢、鉄の意思』
「なんのつもりですか?ルーク、私は今すぐ陛下に尋ねにいかなければならないのです。なぜ、先生が消えたのかを。だからそこをどきなさい」
声が響く。
薄く小さなメガネをかけた美しい金糸雀のような令嬢……ヴィクトリアと、その前に立ちふさがるのは人形のように無機質で整った顔の青年は扉の前で通せんぼしていた。
「……お嬢様、そんなにもあの男が恋しいのですか?」
だが、その顔から想像できないほどの猫撫で声で、ルークはとたんに顔を赤らませ、胸元を自然に開きヴィクトリアに顔を近づける。
「───身の程を弁えなさい」
僅かにヴィクトリアの鼓動が早まる。
何の因果か、ルークはどんどんとヴィクトリアへ近づき瞳を合わせる。
「お嬢様、私はお嬢様をお慕いしていました。良いではありませんか、もうあの男のことなど放って置いて───奴はあなたのことなどどうとも思っていません」
人気のない部屋。
人払いが住んでいる王城の角、声を出してもまったく他のものには気づかれないだろう。
そしてルークは熱い吐息と共にどんどんとヴィクトリアへと距離を縮め、そしてその視線をヴィクトリアの瞳は否が応でも逃れられない。
蕩けたような瞳、美少年の誘いが一気に加速し始める。
そして鼓動の音だけが聞こえるようになったとき───ルークは唇を近づけていき……。
「わかりませんでしたか?身の程を弁えろといったのです」
刹那、ルークの腹部が水気に染まる。
どくどくとそこから僅かにぼんやりと光る赤い血液が流れ、それは床の高級な絨毯を濡らす。
「ぎゃぁぁあああああああ!!!!い、いたい!いたいいぃぃ!!ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ア、アアア!」
ルークはその場でうずくまり、嗚咽に苦しむ。
そしてヴィクトリアの手には───剥き身の刃を血に濡らす儀礼用の短剣が握られていた。 剣先からはぽたぽたと赤い血液が床に垂れ落ち、ヴィクトリアの無慈悲な瞳がルークを見下ろす。
「魅了。随分と穢らわしい真似をしてくれましたね、ルーク」
「あ、あぁ、ああ!ッ、ギャァァァァァ!!」
ヴィクトリアはそのまま両目を一閃。
ルークの甲高い悲鳴と共に壁へ血が飛び散る。
「あんな男?放っておけ?どうとも思っていない?」
ヴィクトリアは流れるようにうずくまったルークの頭をそのまま上から足で踏みにじり、床に押さえつける。
「あ、あぁ……」
「"人形風情"が恥を知りなさい。私は例え愛されてなかろうと、先生に尽くすだけ───お前のような浅ましい俗物に指図される筋合いはないの」
「ギャッ」
そして卵の潰れるような音と共に、ルークの声が止まる。無慈悲な視線は、未だ続いていた。
「中身まで汚いのね」
人差し指ほどの、のたうち回る血色のイモムシを細く白い指が拾う。そして一拍も待たず、潰され青い血が飛び散った。
「肉人形……操作系統は魔虫。 貴族の令嬢だからと魅力の対策すらもしてなかったと勘違いしたようね」
そういってメガネを外すヴィクトリア。
血濡れの短剣の血をハンカチで拭き取り、目の前に見据える。
「さて、フローレンス卿へ知らせにいきましょう。やはり予想通り、ピエールを泳がせておいて成功でした。これで先生に褒めてもらえるでしょうか?」
そしていつものように少女らしく微笑むと、ヴィクトリアはかるやかな足取りで扉を出た。




