第5話『竜教会、秘策』
竜教会、竜骸の森。
暗く木々の生い茂る古く鬱蒼とした森にひっそりとたたずむボロボロの竜骨。
もはや数百年は経過しているのだろうという風情を感じさせるそれには、無数の苔が生えてポッカリと空いた眼窩からは細い木さえも伸びている始末だ。
「猊下」
「……なにか、あったのかしら?」
以前より角が伸び、体も10代後半ほどに成長した教主がピエールと呼んだ───かつて、シャムロック辺境伯に於いて側仕えを行っていた男へと声を返す。
「夜影の司教ゼールが捕らえられました。例の少年……ジョン・ステイメンによって打ち倒されたようです。ただ先刻、下級信徒に牢屋の近くで発破を焚かせ殉死を合図しましたので情報の漏れはないかと」
「……そう、ゼールも。他の司祭たちのことも報告しなさい」
緑がかった美しい白髪を揺らす教主へとピエールは跪いているようで、更に次の言葉を紡ぐ。
「砂塵の司祭イル・ファースは重傷、夢告の司祭コシュマールは悪夢を破られたことで精神的に発狂。残る血盟の司祭“カテレイネ“は、北方にて"獅子騎士クレイン"と激しい戦闘を行っています。ですがこのままですと……」
「時間が足りないのね──まだ、儀式は終わっていないわ。竜神様をこの身に降ろすにはまだ時間が必要なの」
そう静かに言葉を告げる教主は、服を一糸も纏わず赤く染まった小さな泉へと沐浴をしていた。そこにはどことなく禍々しい空気が漂う。
「猊下、重々承知しております。故にこの"愚者の大司教"ピエール、儀式を成功させるべく───次の手筈を整えておりました」
そういってピエールは顔を上げ、狂気的な表情に変貌する。
「シャムロック辺境伯次期継承者、ヴィクトリアの側にルークと言う男がおります。この男は私が手心を加え作り出した───最高傑作の人形なのです。魅了魔法はさておき、極めて美しい顔さえも持っている」
ピエールは自身が辺境伯とヴィクトリアから警戒され、要職からさり気なく離されて泳がされていたのは知っていた。
しかし、彼らはピエールを竜教会の使徒ではなく『帝国の間者』と想定している。
それゆえ、別の経路から忍び込ませたルークのことはまったくヴィクトリアは警戒していないであろう……そうピエールは考えたのだ。
「現在は私に似せた別の人形を使い、今もまだヤツラには私がクローヴィス城で仕事をしているように思わせています」
教主の表情は変わらず。
しかしどことなくと満足げな目になっているようにも見える。
「ヴィクトリアは王都にて一時駐屯している辺境伯軍50名の指揮権を父より委ねられています。兵士たちもあの娘の指示には例えどのようなものであろうと従う忠誠を持っている……ですが、卓越した能力はあれど所詮生娘」
ゆっくりとピエールは告げていく。
それは、ピエールが今まで作り上げてきた計画だった。
「ルークを使い、ヴィクトリアを籠絡致します。そして辺境伯軍によって王城へ襲撃をかけさせましょう。そうすれば最低でも竜教会は儀式を終えるだけの時間どころか、手はず通りに行けば"新たなる時代"までの時間を作り上げられることさえできます!!」
ピエールは興奮気味に教主へ奏上する。
それに対して教主はただ、ゆっくりと微笑んだ。
「愚者ピエールよ、あなたの計画を赦しましょう」




