新しい季節の訪れ
吉田さんを病院に迎えに行くと、サラサラ髪の黒髪美少女が病室のベッドで両親に体を揺すられている場面に出くわした。
「お前、本当に翔なのか!? 嘘ついているんじゃなかろうな!?」
「ほ、本当だよ父さん!」
「じゃあ何か証拠を言ってみなさい!」
「え、しょ、証拠? 俺しか知り得ないことか……うーん、例えば父さんの秘密だったらSM好きな事かな? 家族共有のPCにエッチなビデオを保存してたよね? この前、履歴消し忘れてたよ?」
「間違いない、翔だ」
「アナタ……?」
「ち、違うんだ母さん! これは……!」
吉田家の夫婦関係はさておき、吉田さんが元気そうなので安心する。
「見てくれ、とても創作意欲が湧き上がる姿にされてしまった……!」
あれ、何か嬉しそうだな? まあ吉田さんロリコンだもんね。創作物限定だけど。
「嬉しいの、吉田さん?」
「ああ……もちろん手放しでは喜べないけど創作に都合のいい姿になったのは事実だ。これで行き詰まったら自分の身体を見て確認できる」
えっ……じゃあこれからモデリングを見るたびに吉田さんの身体だと思った方がいいのかな?
それって何だか、エッチです。
「ふぉおおお! 何だかやる気が湧き上がってきた! ……と、その前にやりたいことがある。ちょっと付き合ってくれないか?」
「……え?」
唐突に進み始めた事態に騒動の幕開けを感じ、先日の感動も冷めやらぬまま俺は覚悟を新たにした。
◇◇◇
vtuberになって早数ヶ月。先日の大騒動を経て、大きく変わったこともあれば変わらなかったこともある。
こんなご時世でも同じ年月は二度と巡ってこないのだ。一つ一つの変化をきちんと受け止めて行けたらいいな。
さぁっと吹いた春一番に新たな季節の訪れを感じ、待ち合わせ場所に向かう途中、そんな風なことをしみじみと思った。
「……ごめん! 待った?」
そして今、目の前にいるのはこの一年で最も大きく変わった存在。
彼女は……いや彼と言うべきか……俺が来たのに気づくと、駅の柱に寄りかかったまま小さな手に持った難しそうな題名のデザイン学の本を閉じてついとこちらを振り向く。
「いいや。早かったな」
サラサラの黒髪を後ろで一つに束ねた清楚感あふれる美少女。かつての長身は見る影もなく、小さい子のようになってしまった今の吉田さんの姿だ。
本を読むときだけ眼鏡をかけるのは以前の彼の習慣だけど、今となってはおませな女の子のようで見ていてとても微笑ましい。
「ん、何だ? さっきからジロジロ見て」
「フフッ……何でもない。さ、行こう!」
「おっ、おい!」
可愛い姿にテンションの上がった俺は、プニプニになっちゃった吉田さんの手を引きながら、花びらの舞う並木道を元気いっぱいに駆け抜けた。




