全ての真相
ライブが無事に終了し、先輩たちを家に送り届けた後、俺は父さんに頼んで会社の側の喫茶店前で下ろしてもらった。
「これから人と会う用事があるから、二人は先に帰っていいよ」
先程約束を取り付けたので、彼はもう席に着いて待っているはずだ。
カランコロン♪
入店時のドアベルが鳴る。
オシャレな飾りだな。
店員に尋ねると、テーブル席から小さく手を振る彼の姿が目に入った。意外と混んでいる店内を客の間を縫うようにテチテチと歩み寄る。
「お父様、よろしければお子様用の椅子をご用意させていただきますが?」
「なるほど、そうだな……どうする?」
いや、お子様じゃないし。
吉田さんも何平然と答えてんの。
とは言えテーブルの背が高めなので恥を忍んでお願いしよう。
「ごリヨウになられます」
「……ご利用になられるそうです」
「ふふっ、かしこまりました!」
子供好きなのか、バイトらしき若い女性店員が茶目っ気を振りまいて返事をする。あの愛嬌は接客向きだな。俺が死んでも身につけられないスキルの一つだ。
「食後にはお菓子が貰えるそうだよ」
「マジか。子供ぶっとくもんだな」
「はは、悪い顔だ」
折角なのでお子様ランチを注文してやる。子供の頃はオムライスの旗がやたらとお気に入りだったっけ。
「お待たせ致しました」
程なくして料理が運ばれてきた。
昔ながらのハンバーグ、ミートパスタ、旗つきのオムライス、申し訳程度の野菜。
パスタからパクりと一口で頬張る。
え、三角食べ? 知らない子ですね。
「……それで、話って?」
「うん。その前にまず、今日は来てくれてありがとう。あそこで吉田さんが通せんぼしてくれなかったら先輩を助けられなかった」
「何、お安い御用さ。君の頼みとあらばね」
どうしてこの人は口説くようなことを言うんだろう。気持ちを落ち着けるために新鮮なオレンジジュースで喉を潤す。
「……似合うね、それ」
「オレンジジュース?」
「うん、とても可愛らしいよ。フフッ……」
子供扱いやめんか。
ストローの泡ブクブクさせんぞ。
「実はね、吉田さん」
居住まいを正した俺は彼の目を真っ直ぐに見据えた。夕陽の射すテーブルの上では彼の手元の珈琲の香りと俺の手元のジュースの香りが混ざり合い……って、あれ。あんまり格好つかないな?
「前からずっと気になってたことがあるんだ。吉田さんと瑠美の関係についてなんだけど……」
「ああ……そのことね」
まあ、いいか。
久々に飲むジュース美味いし。
ちゅーーーーー♪
「吉田さんは以前から、瑠美のことを知っていたんだよね? 会社に入る前から二人は知り合いだったんじゃないの?」
「……確かに瑠美は高校時代の後輩に当たるよ」
やっぱり。
かなり前から親交があったんだ。
「どうしてそのことをずっと黙ってたの? 俺にも言わないなんて余程の事じゃない?」
「いや、待って。釈明させてくれ。そのことは瑠美から口止めされていたんだ。"絶対に誰にも言うな"って」
「瑠美から……?」
そりゃ言わないはずだ。
アイツを怒らせるといろいろと終わる。
兄貴の俺が身をもって知っている。
「じゃあ吉田さんが瑠美との関係を言わなかったのは……ちゅ……瑠美がそれをバラされるのを嫌がって……ちゅぅちゅぅ♪……たからって……ズルルルル……ことだったの?」
「うん…………いや、ジュースよく飲むな?」
「ごっ、ごめん。つい」
だって美味しいんだもん……。
心なしか、味覚まで幼女化してない?
「苺パフェもつけるか?」
「本当ッ!?♡」
やべえ、思わず本気で喜んじまった。これが運ばれてきたら真面目な顔で話し合いとかもう絵面的に無理だな。なんとかそれまでに片をつけなければ。
「ねぇ吉田さん……俺は無理に教えろとは言わないよ。ただね、もしまだ瑠美を憎からず想っているなら、そのことをちゃんと伝えてあげて欲しいんだ。俺とアイツを重ねたって仕方ない。俺は瑠美とは違うんだよ」
「……バレてたか」
吉田さんは少し俯いて首の後ろを掻いた。
今の俺の見た目は昔の瑠美と生き写しだ。
重ねてしまうのも無理はない。
「すれ違いから彼女との関係が壊れて、大切なものを失った、とかなり後悔したよ。以前の俺は自分のことに手一杯で、彼女の気持ちに気付いてやることが出来なかった」
「吉田さん……そんなにもアイツの事を」
「いや、何勝手にバラしてんの?」
「……瑠美!?」
いつからここに?
"帰ってて"って言ったのに!?
「……悪いけど今は大事な話の途中なんだ。終わるまで外で待っててくれ」
「いや大事じゃないから。さっきから聞いてたけどアンタ勘違いしてるし。アイツは私のことなんか全然好きじゃないよ」
「ちがう、勘違いは瑠美の方だ。吉田さんはとても後悔してる。すれ違いで瑠美との関係が壊れたことを今でも悔やんでるんだ」
似ている俺と瑠美を重ねてしまうほどに。
「それは都合が悪くなっただけっしょ。ソイツは単なるロリに付き纏うロリコンだから」
ざわざわざわ……っ!
「滅多なことを言うんじゃないよ。お客さんがざわついちゃったじゃないか。少しはお前も素直になって」
「え、瑠美とは付き合ってないよ?」
「ゑ?」
「高校の頃、知人のツテではじめたモデリングの仕事が上手くいかなくて、ちょうど同じ美術部で交流のあった瑠美にモデルを依頼したんだ」
……そういや部活とかやってたな。
ほぼ幽霊だったっぽいけど。
「じゃ、じゃあすれ違いって?」
「やめろ聞くな!」
「モデルを頼むときに『美人だから付き合ってくれない?』って頼んだらどうも誤解させてしまったようで……」
そりゃするわ!!!
わざとやってんのかアンタ!?
「黙れ黙れ! これ以上喋るなぁあ!!」
「いやぁ、悪かったと思ってる。あまりにも言うことを聞いてくれるもんだから、着て欲しい服を着てもらったり、背景に合わせて現地取材に付き合わせたり、結構連れ回してしまったからね」
「や、やめろ……アレだけは……アレだけは絶対に言うなよ……!」
「あ、そういえばこれ。この前データの整理してたら出てきたんだ。服のバリエーション研究のために資料として撮ったものだけど、これまだいる?」
そこにはアラレモナイ瑠美の姿が……。
ということもなく、何だか赤ちゃんのような格好をした瑠美が映っていた。よだれ掛けにおしゃぶりをくわえさせられ、脚をハの字にして座ったまま"おぎゃあ"と言わんばかりにグーにした手をこちらに掲げている。
これがずっと隠してきた瑠美の秘密……?
「じっくり見たいから後で送って」
「いやぁあああああッ!!! 見んなしぃいいいいいいいいいいいいッッ!!!!!」
「いやーでも瑠美ってば、あろうことか俺と君がデキていると勘違いして、事あるごとに確認して来たんだぜ? 『アイツだけはダメだ!』『手を出すな!』とか言ってさ。もう本当にシスコンだなぁ〜」
「て、て、テメェ! ぶ、ぶっとば……ぶっとばすぞ……!!」
顔真っ赤。
今日の罵倒はキレがなくて何だか可愛い。
「あ、で、でもさ、瑠美は可愛いし、本当に本当にちょっとだけでも、好きになったりしなかったの!?」
「ああ、そのことだけど……俺、小さい子の方が上手く"作れる"ってことに気づいちゃったんだよね。小さい子の方が"ウマイ"んだよ」
……ざわっ!
ざわざわざわざわざわざわ!!!
「それに気づいてから、それ以外には何となくトキめかなくなってしまったと言うか……はっ! これがもしやロリコン? たまに言われる原因はコレだったのか!?」
あれ、そういえばパフェが来ない?
店員のお姉さんは何処へ……?
「イチ・イチ・ゼロ。……あ、もしもし……はい……はい……そうなんです、親子を装った犯罪者だったみたいで」
「て、何をしている!! やめたまえ!?」
「いやぁ来ないで!! いくらイケメンでもロリコンはNGよ私ぃいいいッ!!!!」
「いや……誰も誘ってないんだけど?」
カランコロン♪
「ハァ……ハァ……吉田……吉田って奴ァ、どいつじゃ……?」
……って、父さん!?
父さんまで何故ここに!?
「お、お客様、本日はどのようなご用件で?」
「娘達を……取り返しに来た!!」
「いやぁあああ!! 妻帯者・コブ付き男もNGぃいいいいい!!!!」
「やっと、やっと見つけたぞ……おーまーえーかぁあああ吉田ぁああああああああッ!!!!!」
「お、落ち着いて下さい、お父さぁんッ!?」
「"お義父さん"……だと!? 貴様にそんな風に呼ばれることを許した覚えはないわぁああああ!!!!!」
「お、落ち着いて父さん……!」
「父さん、正気に戻って!!」
「"義父さん"と呼ぶなぁああああああ!!!」
「NG!NG! 全員NGぃいいいいい!!!」
かくして、たった一つの勘違いから始まった大騒動は幕を閉じ、俺たちは全員店からの出禁を食らった。当然と言えばあまりにも当然の結果であった。
◇◇◇
「ふぅ、やれやれ。しかし今回の件では図らずもとは言え、多くの人に迷惑をかけてしまったなぁ……よぉし、罪滅ぼしに何か社会の役に立つことでもするか! 何か良い記事はないかなっと……」
ポチポチ……。
「お、"薬の治験にご協力ください"だって? ちょうどいい、これにしようっと!」
ポチィッッ!!♪
◇◇◇
「今回の件はテメェの勘違いが発端だって事わかってんのか? あぁん??」
「す、すみません反省しています……だからどうか赤ちゃんコスプレの刑だけは……」
「思い出すなぁああああッ!!!!」
ブルルルル。
あれ、吉田さんから電話だ。
今度は何の用だろう?
「もしもし〜?」
《も、もしもし聞こえる!? 突然ごめん、実は今、病院からかけてるんだけど……》
「は、どちら様? こんな小さい女の子みたいな声の人は知り合いに居ないんだけど?」
《き、君がそれを言うか!? 間違い電話じゃない! 頼むから聞いてくれ! ありのままを話すぞ……この間とある企業の薬の治験に参加したら、こ…こここんな声と姿に!》
なっ……。
何ですとぉおおおおおおお!?!?
《頼む!! 誰も信じてくれないんだ!! 誰か迎えに来てくれぇええええ!!!!》
悲痛な吉田さんの絶叫を耳にし、俺はスマホから顔を離して高らかに天に向かって叫んだ。
「のぉおおおおおおおおおんんん!!!!」




