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カノンの想い(中編)

(今回は話の筋的に止むを得ず若干シリアスである事を先に述べておきます。)

 マリとの日々はどこか現実離れしていた。


 何となく意気投合して、構っているうちに懐かれて。こんな楽しい暮らしがいつまでも続くはずはないと無意識に理解していた。


 それが急に現実味を帯び始めたのは、又も思いもよらない事件がきっかけだった。


◇◇◇


 先日のお父様に引き続き、今度はお母様に呼び出されたので嫌な予感を抱きつつ部屋を訪ねた。


 断捨離上手なお母様の部屋は常に整理が行き届いており、ちょっと若作りな服を着た本人は部屋の奥の椅子に腰かけて待っている。


「やっと来たわね」


 お母様は時間にうるさい。

 いつも忙しなく動いている気がする。

 マリの対局に位置する性格だ。


「これからする話だけれど、内密にね」


「はい……?」


「四ノ宮が会社を畳むことになったの」


 いきなり言われて何のことやら。

 四ノ宮とは不本意ながら私の()婚約相手の三ノ宮の御曹司の()婚約者がいる家の筈だ。そこが経営していた会社を畳むとは、つまりどういうことだろう。


「このご時世でしょう? 前から危ないって噂はあったんだけどね。最近の不況で一気にガタが来たみたい。桁違いの赤字を出して、将来性がないと見切りをつけたんでしょう」


 近頃は会社の破産の話をよく耳にする。

 この景気では無理もない。

 

 まあ中には以前からギリギリの経営をしていたのが今になってトドメを刺され、明るみになっただけという場合も少なくはないが。


 しかしそれにしては変なタイミングだ。

 婚約した直後に会社を畳むなんて。

 何か裏がありそうである。


「先日の婚約の件と、何か関係が?」


「もちろんあるわ。四ノ宮は金が欲しいの。役員達の退職金もバカにならないんだから。泥舟に一緒に乗ってくれる人を増やすために三ノ宮を巻き込んだのよ」


「なるほど、政略結婚……ですか」


 21世紀にもなって馬鹿な話だ。けれど所謂「上流の世界」では往々にして起こり得る。


 四ノ宮の娘に一度だけ会ったことがある。

 若くて綺麗な人だったのに、いろんな思惑に負けてあんな人も道具に成り下がるなんて何だか切ない。


「香音、あんた恋人はいなかったわよね?」


「はい」


「だったら問題はないか。ねぇ、三ノ宮の息子と婚約を結び直す気はないかしら?」


「ハァッ……!?」


 事もなげにお母様は告げた。


「泥舟の娘を押し付けられたのを知って、三ノ宮は今、お冠なわけ。こんな時期に内部の情報がリークされたんだから大変よ。縁談は一方的に打ち切り。三ノ宮の息子は憤慨して目下、婚約相手を探しているの」


「そ、そんなに急いで結婚されたいの?」


「あら、もうイイ歳よ。写真見たでしょ?」


 いや、写真は若かったけど……。

 まさか、サバ読み!?


「ち、ちなみに今おいくつなのかしら?」


 聞けば倍近い年齢差だった……。

 いやロリコンじゃん!?

 

「はい、別の写真」


 見せられた写真には何の加工も施されていない。ありのままの姿が映し出されている。


 うん……前の写真より劣化してる。

 あと老けてる。

 生え際も若干怪しい。


 これと結婚!?

 無理無理無理無理無理無理ぃッ!?!?


 てか誰よアンタッ!!

 ロクに会った事もないでしょうに!!


「何故? 何故この方と私が……っ!?」


「三ノ宮の会社は(長兄)の会社と深い関係にあるの。あんたが嫁げば繋がりが強化される」


「私は、道具じゃない……!」


 政略結婚なんかさせられてたまるか。


「香音、分かって? 他の親族の娘たちには皆許嫁がいるのよ。可哀想でしょう?」


 彼女らは全員浮気をしている。金と権力に塗れて従姉妹達もみんな変わってしまった。


 この家は異常だ。

 血の通っていない冷血な人間しかいない。


 唯一、死んだ父方の祖母を除いて。


「段取りは済ませてあるから。あとは本人の同意さえ得られれば」


「知らないっ!!!!」


「ちょっ、どこ行くの……!」


 静止を振り切って私は家を飛び出した。


◇◇◇


 当てどなく町を彷徨いながら、いざ考えてみると誰も頼れなかった。もう高校も卒業して大人の庇護下にいられる歳でもないし、その上このご時世だ。人に会う機会すらない。


 そもそも一人暮らしなんてした事が無い。


「っ!」


 電話だ。

 お母様だろうか。


「え……マリ?」


 よくスマホでやり取りはしているけれど、電話がくるのは珍しい。まさか……もうそこまで追手が?


「もしもし……!?」


《あ、カノンちゃん! もしもし〜》


 能天気な声に気が抜ける。

 それになんか、食べてる?


「マリ、何か食べてるんですの?」


《えぇっ、分かる? そうそう。一人でテレビ見ながら。何か最近ヒマでさ〜》


 この子もこの子で大丈夫だろうか。

 自堕落にならないといいけど。


「アイスの食べ過ぎは体に毒ですわよ」


《分かってるよ〜。もぅ、お母さんみたいなこと言わないで〜!》


 普段はそんなに暴飲暴食する方ではない。

 本当にヒマなんだろう。


《カノンちゃん、元気?》


「何ですの……急に」


《いやね、さっき家に電話があったんだよ。『カノンちゃんはいませんか?』……って》


 やっぱり。

 そこまで話が回って来ていたか。


《いないです、って言ったら直ぐに切れちゃったって。何かあったの?》


「……マリ」


 縋ってしまいたい。今、誰よりも。

 けれど手を借りるわけにはいかない。

 彼女にとって負担でしかない。


《ねぇ、家に来る……?》


「な、なんで?」


《ちょうど何か困ってるみたいだったし》


 それに、と彼女は付け加える。


《カノンちゃんが来たら、楽しそうだから》


 不覚にも私は泣いてしまった。

 交差点のド真ん中で。


 人に見られて恥ずかしかったけど、この時こう答えた事だけは自分を褒めてやりたい。


「うん……っ!」

※この話は現実とは一切関係ありません。

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[一言] 嫌な世界だなぁ
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