カノンの想い(前編)
おっぱいとは母性の象徴である。
ひらがな四文字の可愛らしいつづりに似合わず、多くの男性を野獣に変貌させるという魅惑のアイテム。
それが今、無防備にも私の目の前に放り出されている。それも男性陣には垂涎ものに違いない、巨乳の爆乳おっぱいである。
「どう? 似合う……?」
風呂上がりで頬を上気させた親友は、髪もロクに乾かさぬまま首を傾げて尋ねてくる。
ユウさんだったら「誘ってんですか?」とでも言いながら襲いかかりそうなこの状況。
新しい下着の感想を求められているのは分かるけれど、あんまりにも出来過ぎじゃないだろうか。
「え、ええ……」
恥ずかしさに目を逸らしながら言うと、マリは不満そうに前に回り込み、私の感想を重ねて求めた。
「もっとよく見て!」
ああ、見ないようにしていたモノが見えてしまう。
フリフリのレースや飾りなんて必要ない。例え黒や赤などの攻めた色でもこの子には似合ってしまうだろう。自分に自信がなければ人前で着ることの出来ない代物。ここでいう人前とはもちろん好きな人の前でのことだ。
「可愛い?」
薄ピンクのそれを可愛らしいと思うと同時に、胸がずきんと痛くなる。可愛いと言ってしまったら、この子は誰かの前でそれを付けた姿を晒すのだろうか。
親友のそんな姿を想像し、嫉妬に狂いそうになる。想い人のこともそうだが、それ以上にマリを取られるのが嫌で仕方なかった。
「ふ、ふん……まだまだですわっ!」
「そっか〜、まだ足りないかぁ」
ごめん、マリ。
貴方の幸せを願ってやれないなんて、私は自分勝手で醜い人間だ。
◇◇◇
得体の知れない某ウイルスが世の中を席巻し始めた頃、ちょうど私の人生にも暗雲が立ち込めていた。
「香音」
普段は私に興味を持たないお父様が部屋に呼びつけるので、何かと思い訪ねてみれば、その口から飛び出したのは思いもよらぬ宣告だった。
「三ノ宮家の御子息は、お前との婚約を破棄したそうだ」
えっ……婚約?
何だかいたたまれない目を向けられている所申し訳ないが、以前からそんな話は聞いていないし、それを破棄されたと知ってどんな反応をしたらいいのかも分からない。
誰だっけと尋ねてスマホの画像を見せてもらえば、いつだったか確かにお見合いの写真を見せられたような気がしないでもない。
髪を今風のクルクルパーマにした、美形なのか見当もつかない印象に残らない相手だ。
「彼は四ノ宮の御令嬢と婚約を結び直したらしい。だからお前とは、残念ながら……」
一方的に破棄されたの!?
それは家の体裁としてはどうなのだろう。よもや親族の誰かが勝手に決めてしまったのだろうか。
「誰がその話し合いに立ち会ったのです?」
「文香と芳江さんだ」
やっぱり、あの人達か……。
二人は母と母方の祖母に当たる。
由緒正しい一ノ瀬家の生まれであり、常に母娘で徒党を組んでいるので婿養子の父さんはあらゆる面で太刀打ちできない。
で、今回も何の抵抗もせず先方に任せた。
……ということか。
「今回ばかりは私も当事者です。何か釈明があってもいいのでは?」
「お前まで文香のようなことを言うのか? 勘弁してくれ……!」
父はまるで自分が被害者のように言った。肩身の狭い彼の苦しみは正直分かる。けれど可哀想だとは思えない。
結局、やっていることは皆同じ。
立場の弱い方へ押しつけているだけ。
そんなこんなで、私は何も知らないうちに婚約を破棄された「可哀想なお嬢様」のようになってしまった。
◇◇◇
「と言うことがあったのですわ」
「おぉ〜〜、よしよし……」
次の日、私は生徒会室のソファーの上で、マリの膝枕を堪能していた。
生徒会長たる私がこのような姿を晒すのは副会長たる彼女の前だけ。
「もっとヨシヨシして下さる? 今日はいつにも増して恋しい気分ですの」
「お安い御用だよ。よぉ〜しよしよし……」
何か動物のように扱われているような気がしなくもないが気にしない。彼女は特別だ。
「あ〜疲れが吹っ飛びますわ……スリスリ」
「やだもぅ、カノンちゃん赤ちゃんみたい」
「ばぶぅ」
こんな所、誰かに見られたら自殺ものだ。
人のいない時間帯を狙わなければ。
「マリはお腹も気持ちいいですわね……この弾力は前に一緒に食べたドーナツかしら? それともアイス?」
「もう〜やめて〜!!」
あぁ、ヨシヨシの手が……。
お腹のガードに回されてしまった。
「そんなこと言う人には触らせてあげない」
「そんな……後生ですわ!」
モミモミさせて!
それがないと私、死んじゃうの……!
「あぁ……マリのせいですわ……パタリ」
「きゃー、カノンちゃ〜ん、ちゃ〜ん……」
人工的なエコーと共にマリのお腹が近づいてくる。きたきたテンション爆上がり!
「もっふーーーん!!」
「きゃぁ!? ちょっとカノンちゃん!?」
「もちもち……もちもち……!」
「いやッ! ちょっとしつこいっ!」
「ゴフッ……!?」
痺れを切らしたマリにソファーの上に投げ出される。仰向けに倒れ込んだ私の腰の上にマリが馬乗りになって押さえつけてきた。
「もぅこいつめ、このこの〜!」
「きゃぁああああ!? くすぐり!?!? それだけはーーーーーーッ!!!」
マリには弱点がバレてる!
脇腹は……それだけは……!!!
そこは弱いから〜〜〜〜〜ッ!!!
「あーーーーーーーっっっっ……!?!? ーーーーーッ!?!?…………♡♡♡♡」
「カノンちゃん声、消えてるね♪」
「もっ…………もう許してぇ〜〜!?」
「カノンちゃん、私のお腹が何?」
「も、もちも……っ! もちもち……!」
「あ〜まだダメだねぇ。お仕置きが足りないなぁ〜」
「やぁああああ〜〜ッッッ……!?!?♡♡もぅ、ダメぇ〜〜〜〜〜ッ!!!♡♡♡♡」
「な……何をしているんですか?」
「ハァ……ハァ……たす、けて……」
「先生、カノンちゃん死んじゃいましたぁ」
「全く。これだから女子校は」
様子を見に入ってきた先生が鼻を押さえて出て行ったのは何故か。未だに謎である。




