吉田さんの催眠術
仕事の話など諸々の用事で吉田さんに呼ばれて図書館で落ちあった。
「恋愛、かぁ……」
友人の話、という体で現状を伝えると、吉田さんはしみじみと独りごちる。
経験豊富そうな彼なら何か良いアドバイスをくれるかもしれない。
「いろいろと面倒になっちゃってさ。何もしなけりゃ楽っちゃ楽なんだけど」
「そりゃつまらないな。偶には君みたいな素直な子がいてくれなきゃ。みんな一律に良い子じゃ張り合いがない」
「ふん。どうせ、悪い子ですよーだ……」
「うん?」
分かりやすく拗ねて見せると、吉田さんは初めて俺の方を向いた。
手には『女の子の身体の成長』を持っている。絵面的に不味かったのか、さっきから司書のお姉さんに怪訝な目で見られていたのを素知らぬフリで読書に耽っていたのだが。
「何かあったの?」
「いや……ただ、知り合いがちょっと見ないうちに成長してたり、恋人が出来たりしてるの見て、何かこっちも変わらなきゃいけないのか、とか思ってさ。まあ結局のところガキのままなんだけど」
「いいじゃんそのままで。俺は好きだぜ」
あ、司書のお姉さんがカウンターから出てきた。何か近くをうろついているのはこっちの気のせいなのかな?
「そんな風に言ってくれるのは吉田さんだけだよ。自分勝手で暴れん坊だし、出来ることなら吉田さんに身体を支配されて操縦して欲しいくらいだ。そうすれば万事うまくいく気がする」
「はは、社会へ出ればズル賢い人間なんてゴマンといるよ! さも自分の考えを正義のように振りかざすヤツとか、"貴方のためだ"とか言って自分の都合を押し付けてくるヤツらとか。君なんて可愛らしいもんさ」
いや、そんなのと比べられても。
それってフォローになってるんですかね?
「俺が君の身体を支配? 操縦? ……面白いこと言うなぁ?」
吉田さんは本を卓上に伏せて俺の両肩の上に手を置いた。俺の視線と吉田さんの視線が俄かに交錯する。
「目を閉じて。今から催眠術をかけるから」
「は……はぁ」
言われた通り目を閉じる。
「君は、今からちょっとだけ良い子になる。ちょっとだけ周囲に優しくなって、ちょっとだけ大人のレディになる」
「ちょっとだけ……大人の?」
「そう、だから自信を持っていい。今から君はちょっとだけ自分を好きになるんだ」
目を開けると吉田さんは元の体勢に戻っていて、司書のお姉さんは相変わらず訝しげな視線をこちらに向けている。
何か変わったのだろうか。
「ちょっとだけ……変わった?」
「ああ、そういう術だからな」
「そうなんだ」
自分の両肩の上に手を乗せてみる。ちょっとだけ、吉田さんを好きになってしまう催眠術かもしれない。
「ところでさ、実は今度新しいモデリングの依頼があるんだけど、よければ是非とも君の身体を参考にさせて欲しいんだ」
「私の……カラダを?」
ざわざわ……っ。
「ああ、君みたいに小さい子の身体を調べたいんだ。こんな素晴らしいモデルはなかなかいないよ。いっそコレクションにしてとっておきたいくらいだ!」
「あはは、大袈裟だなぁ」
あれ……仕事中なのにお姉さんが携帯を弄り始めたぞ?
「よければ是非、調べさせてくれ。俺は君の身体にとても興味があるんだ」
「分かりました。吉田さんなら私、いいですよ……?」
ピッピッピッ。
「イチ・イチ・ゼロ……あ、もしもし? 今、図書館で怪しげな男性が女児を誘惑して……!」
「てオイ!!! 待って下さい!!!!」
「お姉さん! 彼は悪い人じゃないんです。吉田さんは、私に優しくしてくれて……」
「もしもし!? 女児が既に洗脳されてる模様です!!! もしもし〜〜!?!?」
「全員待たんかぁあああいいい!!!!」
その日、昼下がりの静かな館内に、不運な吉田さんの絶叫が轟いた。




