真夜中のコール
2人からの通知を前にして、俺は吉田さんの方を先に取った。何か仕事の連絡かも知れないし、追加機能の件で感想を伝えるのも随分待たせていたからだ。
直接お礼を言いたかったので電話した。
《もしもし……ユウちゃん?》
「夜分遅くにすみません。前回の件についてお礼を言いたくて」
《ああ、いえいえ……そんな事より感想を聞かせてよ。新機能はどうだった?》
「ええ、素晴らしかったです!」
《本当か? やったぁ!!》
率直な感想を伝えると吉田さんは子供のように喜んだ。この人は本当にそういうのを作るのが好きなんだな。
《次の新機能の考案も沢山あるんだ! 良かったら是非聞いてくれ!》
「本当ですか!?」
興味があったので食いついてしまう。彼との話が長くなるのは言葉を入れる合間や息継ぎのタイミングが合っているからだと思う。会話ってリズムだ。
それから話し込んでしまい、途中で我に返ってお開きになった。
「あ、すみません。そろそろ時間が不味くて……」
《あぁー……なら仕方ないな。じゃあまた今度》
「はい。おやすみなさい」
素っ気なく聞こえなかったかとか、些細な事がやたらと気がかりだった。彼は純粋で屈託がない。好きなことに真っ直ぐだ。カノン先輩が惚れるのも分かる気がする。
……て、分かっちゃ駄目じゃない?
カノン先輩の好きな人だし。
第一、男だし。
◇◇◇
いかんいかん。マリモ先輩からの通知をかなり放置してしまった。優しいとはいえ先輩だし、心証が悪くなっていないことを祈る。
先輩の用件も"少し話がしたい"というものだったので、再度そちらへ電話をかけた。
《……はい、もしもし?》
2、3コール目で繋がった。
ずっと待たせていたのかな。
「連絡が遅くなってすみません。今、大丈夫ですか?」
《うん、平気》
個人的にマリモ先輩と話をするのは何気にこれが初めてだ。少し緊張する。
「それで、話って?」
《うん……カノンちゃんの事なんだけど》
それはあらかじめ予想がついていた。
何か気になる事でもあったのだろうか。
《好きな人がいるって噂、本当かな?》
「……え?」
思わぬ方向からの指摘にたじろぐ。
確かに知ってはいるけど。
「さ、さぁ? どうなんでしょう」
《そっかぁ……ユウちゃんも知らないか》
本人のいない所で勝手に明かすのは流石にルール違反なのでしらを切ると、マリモ先輩は気持ち沈んだ声を漏らした。
《実はネットで噂になってて。カノンちゃん口が軽いから方々でそれっぽい事を言ってたみたいで、いろんな所から情報が漏れて周囲に勘繰られてるみたいなの》
カノン先輩……!
知ってたけど危機管理能力ゼロかよ。
「そ、それは危ないですね……うちの事務所は恋愛禁止ですし、ファンからのバッシングもあるかも知れませんね」
《うん、それもそうだけど。私、心配なの》
「は、はい。だからそう言って……?」
《違う、そうじゃないの。カノンちゃんって可愛いでしょう? 最近みんなに可愛いのがバレてきてるし、このままモテモテになっちゃったらどうしよう……って》
は、はい?
「いや、そんな心配をする必要はないと思いますが」
《嘘!! だってあのカノンちゃんだよ? お嬢様だし、頭も良くて美人だし!》
「あ、頭が良い!? カノン先輩が!?」
《え? うん。いいと思うよ。高校生の頃は成績トップだったし。有名予備校の模試でも上位者常連だったから》
「なっ……!?」
そんな訳あるか!
だってあの、カノン先輩だぞ?
「ちなみに、お二人の母校って?」
《S女高校》
うわ、めっちゃお嬢様学校じゃん!
……先輩って、本当に金持ちなのかも。
「高校の頃はモテてたんですか?」
《女子校だったから分からないけど、周囲に慕われてはいたかな。まあ偶に、そういう事もあったりしたみたい……》
え。
そこんトコもっと詳しく。
「当時から好きだったんですか?」
《勿論! 憧れの先輩だったんだから!》
2人は同い年じゃなかったのか。
何か一気にいろんな事を聞いてしまった。
そろそろ頭がパンクしそうだ。
「なるほど。好きな人の事は何とも言えないですけど、とにかくカノン先輩がすごいって事は分かりました」
《ふふ! そうなのだ!》
マリ先輩はどこか誇らしげだった。
《……実は、何となく分かってるの。カノンちゃんが好きなのは、話を聞いてくれる人。ちょうどユウちゃんみたいなタイプ。身近な例だと、吉田さんみたいな感じかな?》
す……すごい。
本当によく見てる。
カノン先輩のこと大好きなんだ。
《もし取られちゃったら、どうしよう》
「そんな。まさか先輩も好きなんですか?」
……吉田さんのこと。
何となく暗に聞いてしまう。
《……》
「マリ先輩……?」
て、おい。マジかよ。
親友同士で恋敵か。
そりゃ、なかなかにハードだ。
《……そんなにバレバレ?》
「いえ。全然気づきませんでした……でも、競争率、高そうですよね」
《え!? そ、そうかな!?》
「ええ。多分モテるでしょう。大変ですよ。吉田さん、イケメンですから」
あ、まずい。
なんかペラペラ喋ってしまった。
厄介事に巻き込まれる前に切らないと。
《や、やっぱり吉田さんも、カノンちゃんのこと好きなのかな!?》
「さ、さぁ? 相思相愛かどうかまでは」
《そんなぁ〜!》
可哀想だけど仕方ない。
一方に肩入れすることは出来ないし。
まあ、いろいろと頑張って下さいね。
先輩たち。
《絶対……絶対、負けないんだから……!》
「あ、じゃあそろそろ私は失礼します!」
《吉田さんには……ない……………!》
ふぅ〜、終わった終わった。
何か言ってたけど気のせいだろう。
◇◇◇
この勘違いが後に様々な惨劇を生むなど、俺はこの時まだ知る由もなかった。




