24 一番槍の非難
「結局はそういう構造なのだな、この複製の魔術というのは」
焔の合間に、ドラートの――いや、朱雀将軍グルートの言葉が飛んでくる。
「肉体を複製した後に精神を複製して、入力する。貴様の専売特許なのは、この装置だけじゃないか、これさえあればこんなに簡単なことだったんだな! 愕然としたよ!」
レーグネンを奥へと押し込んで、オレは背中に山積みになっている鉄くずを漁った。
何か……盾になるようなものがないだろうか。それさえあれば、こちらから打って出られる。
「俺は貴様が怖かった。他に替わりのない魔術で人心を掴み、魔王領を一手に支配する貴様が。我等人族をその呪われた血で汚し、単独では殖えることもできぬ癖に命を繋ぐ貴様が! だが……実際に解析すれば、たったこれだけの魔術だ。こんなものを……貴様ら、これで本当に生きているつもりなのか? 俺は本当に生きているのか!?」
血のように赤い炎に混ざって、叫びが響く。
鉄くずをかき回すオレの肩に、レーグネンが取りすがってくる。
「……何をする気だ!」
「突撃するんだ、このままじゃどうしようもないからな」
「バカ! 何故分からぬ――こういうものは、最初に向かう者が一番危険なのだ」
「分かってるからオレが行くんだ。例えオレが斃れても、あんたやアイゼン、シャッテンが後に残ってりゃ、何とでもなるだろう。援護頼むぞ」
レーグネンの手を振り払って、盾になりそうな大きさの鉄くずを探す作業に戻ろうとする。
が、すぐに今度は背中全体に両手で抱きつかれた。
「――いやだ、行くな! あなたが死ぬなんて許せるものか! あなたがいなけりゃ……こんな世界で、俺はたった1人でどうすれば良いんだ! ワガママだろうが何だろうが、絶対に行かせないからな!」
いつにない慌て様も見られて、今度こそ見返したことになるのかも知れないが、オレは――すっきりなんて全くしなかった。
オレの鎧に後ろからしがみつく女の手を、外すのにすら躊躇した。
こんなにも必死に、オレを止めるヤツがいるなんて。いてくれるなんて。
心のどこかが動きかけて、慌てて表情を引き締める。
「……実験動物だか愛玩動物だか知らんが、そんなのは代わりを探せば良いだけだ。大した手間でもないだろう」
「バカじゃないのか! 他で代わりが出来るような生き物を、愛せるものか! 愛玩動物というのは、可愛くて仕方ないから愛玩するんだろ! 実験なんかどうでも良い、好きで好きで仕方ないから結婚するんだ! 何でそんな簡単なことが分からない!」
意外なほどの力で引きずられ、掴んだ鉄板とともに、鉄くずの山から後ろへとバランスを崩した。
いや、引く力が強かったのではなくて、オレの身体に力が入っていなかっただけだ。
耳に入った言葉が、強烈過ぎて。
尻もちをつき、そのささやかな胸の中へ抱き込まれる。
オレを引き止めた小さな身体が、二度と離さぬと言う代わりに、首元にしがみついた。
濡れた頬を押し当てられて、小さく呻く。
「……あんた、そんなこと一言も言わなかったじゃないか」
「言わなきゃ分からないとか、バカじゃないか! こんなのはノリと空気で理解しろ!」
「前は、口に出さねば分からぬこともあると、オレを叱った癖に」
「じゃあ、あなただってまだ言ってない!」
ひどい要求もあったものだ。
先にあれだけグリューンの声がはっきり聞こえていたのだ。
多分、反対側の壁のガラクタの向こうでは、他のヤツらが聞き耳を立てているはずだ。
オレは、胸の中に抱え込まれるような姿勢から腰を浮かせて、レーグネンへと向き直った。
紅の瞳が、涙を溢れさせながら顔を顰めてオレの動きを見守っている。
正面から対峙してから、他人の目を意識してちょっと迷って――しかし、言わねばならないと決意した。
「オレもだ」
「何が!」
「オレも、あんたのこと愛してる……」
目玉が落ちるんじゃないかと心配するくらい、大きく見開かれた。
その唇が震えながら開かれて、何かを口にしようとする前に――自分の唇で塞いだ。
オレの鎧の端を掴んでいた手から、力が抜けた。
「……オレにも、ワガママ言わせてくれ」
「何を」
「一緒に帰ろう。そのために行くんだ」
レーグネンの両目からはまだ涙が流れていた。
それでも、眉を寄せ、頷いた瞳は紅の――炎の色をしていた。
今のレーグネンは魔王でも青龍将軍でもないかも知れないが、その千年を戦い抜く魂は、確かにここにあるのだ。
戦場の空を駆け抜ける、傲岸不遜な蒼き竜の。
「グルートの背中にあの装置があるから、あんたらはでかい魔術は撃てない。そうだな?」
「……接近するしかあるまい」
「そうしたいのは山々だが、剣を落っことした」
「はあ!?」
部屋の中央辺り――グルートから最初の攻撃を受けた場所に、間抜けにもオレの剣が落ちたままになってるのが見える。
ついでに言うと、ここからだとグルートの方へ向かうとは反対向きになる。剣を取りに戻れば、この鉄くずで炎の集中砲火を長時間受けねばならないことになる。
「あなた……武器を手放すとはそれでも戦士か!?」
「あんたが後ろから押してきた弾みに落っことしたんだよ」
ちなみに、落っことしたのにはすぐに気付いたから、拾うかどうしようか迷った。しかし、レーグネンを抱えて退却するために、どうしてもその時間が作れなかったのだ。
まあ、そこまでは口に出さずとも良いことだ。あえて説明をしなかったのだが、オレと一緒に転がってここまで来たレーグネンは無言の中から薄々察したようだった。
そこはかとなく申し訳なさそうな顔で見上げてくるので、もう一度抱き締めたくなったが、人目を気にして手を止めた。
「何をすれば良いのだ?」
「オレが突っ込む。あんたは隙を見て、グリューンのところに行け」
「何故グリューンの……」
「あいつの方が足が速い。でも、今、あいつと会話しようとしたら、グルートにも聞こえちまう。だから、あんたが伝えてくれ。オレがグルートの注意を引いてる間に、あれ拾って追いついてくれって……おっと」
鉄くずの端を掠めた炎が散って、オレの腕を撫でていった。
痛みはなくはないが、皮一枚だ。
傷自体よりも、俄然やる気を出し始めたレーグネンの表情の変化の方が気になった。
「…………」
「おい?」
「……こんなジリ貧であなたを殺されて堪るものか。ゆくぞ、ヴェレ」
「ああ」
オレは唇を歪め、掴んでいた鉄板を握りしめた。
そのまま、鉄くずの山から駆け出す。
「――出てきたか!」
嬉々として、グルートがこちらに炎を向けてくる。
鉄板を前方にかざし、飛び来る炎を防ぎながら、オレもまた叫んだ。
「レーグネン!」
「分かってる!」
駆け出したレーグネンが、室内を過ぎった。
そちらへグルートの意識が向いた瞬間、駆け寄って、盾にしていた鉄板を振り上げる。
まだ間合いには届かないが、視界を邪魔する程度の効果はあったらしい。
背後の足音が無事に部屋の反対側まで届いたところで、降り落ちてくる炎に向けて、慌てて盾(鉄板)を掲げた。
「――全くもって愚かだな、貴様も、魔王も!」
前方のグルートが、改めて、オレに炎を集中させてくる。
鉄板ごしに伝わる衝撃もマズいが、数発当たったところから崩れ始めているのがますますマズい。
いつまでももつような強度じゃない。
慌てて、残った距離をグルートへと突進をかける。
後、5歩。このまま突っ込んで、押し潰してやる。
オレを押し返そうとする炎の連弾に耐えながら、足を進める。
3歩、2歩、1歩――。
「下賤の者よ。魔王についたのが運の尽きだったな」
鞘から剣を抜く音とともに、正面から迫ってきた剣が、脆くなっていた鉄板を真っ二つに割った。
即座にこちらも手を離し、腰から剣を抜こうとして――右手が、鞘の上を通り過ぎた。
ないと分かってるのに思わず手を伸ばしてしまうのが、戦士の性というものか。
「ヴェレ! ちょ……もうちょい!」
振り向けば、オレの剣を握ったグリューンが、後ろから駆け寄ってきている。
だが――
「待つものか、愚か者が――!」
グリューンの到着よりも、グルートの振り上げた刃がオレに当たる方が早い。
殺られる――!
息を呑んで、それでも生き残るための方法を探そうと脳の回転を速めた瞬間、オレの背後、入り口の辺りから冷えた女の声が響いた。
「――『硬直』!」
それが、この場にいないはずの女――リナリアの声だと、すぐに気付いた。
場にいた誰も知らなかった存在に、さすがのグルートも気を取られた。
その瞬間を突いて、脇へと転がる。
駆け寄ってきたグリューンが、飛び込むようにオレの上に覆いかぶさった。
リナリアの放った魔術の光が、真っすぐにグルートをとらえた。
――が、淡い輝きは、グルートの手の一振りで空中に四散する。
「小蟲が――そんなものが効くと思っているのか!」
放たれた炎が、リナリアへと奔る。
避けようもなく、正面から一撃を食らった緋色の衣が、焔の中で一際鮮やかに風に舞った。




