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「えー……あー……ど、どうしたの?」


「あぁ、すみません。前に旅行先のオフコラボがあったじゃないですか。あの時に機材トラブルがあって、それをどこかから現れたアデリーさんが解決して去っていったとお聞きしまして。その節はありがとうございました」


 あの場にいたスタッフから漏れたのだろう。社内の話で機密情報でもないし、大した事でもないから口が軽くなるのも仕方ないけれど。


「あぁ……うん」


「それで、あの日ってお客さんがほぼいなくて、私達とどこぞの大学の研究室の団体くらいだったらしいんですよ。で、私もその研究室に知り合いがいまして……もしかしたらアデリーさんって知り合いの知り合いなのかなと思って聞いた次第です」


 ギリギリバレていなかったらしい。疋田さんの思考をトレースすると納得もできる。自分のロッジにいる関係者にアデリーはいなかった。だからアデリーは隣のロッジにいた誰かだ。だが佐竹は以前に違うと証明されているのでアデリーではない。


 その条件を組み合わせた結果、俺達のロッジにいた佐竹以外の誰かがアデリーである、となったのだろう。同じような情報系の大学院生なのだからこういう風にインターンで働いていても不自然ではない。


 というかもう実は佐竹です、と言ってしまっても良いんじゃないだろうか。疋田さんの相談を聞くためにこうしていたはずだけれど、別に佐竹だって軽々と他の人に疋田さんとの話を漏らすような人ではないとは思われているはずだ。


「いやぁ……実はさ、俺が佐竹なんだ」


 疋田さんはしばらく黙る。


「ぷっ……フフフ! 面白い冗談っすね。そんなわけないじゃないですか。私見てるんすよ。目の前で佐竹さんが何もしていないのにメッセージが返ってきたんです。そうしたらあれが超能力になっちゃうじゃないですか」


 どうやら完璧に騙されていたらしい。疋田さんの前で手品をしたら本当に魔法を使っていると思うんじゃないだろうか。ある意味で純真すぎてびっくりしてしまう。白も白、純白だ。


「あ……あはは……そ、そうだよねぇ」


 あまりの純真さに俺も必死にネタばらしをする気が起きなくなる。サンタクロースの存在を信じている人に「サンタなんていないんだよ」と言う無粋さのようなものを感じてしまったからだ。俺がサンタの存在を刷り込んでしまった上でこうなっていることではあるけれど、別に疋田さんがそれで害を被る訳では無いし、このままでもいい気がした。


「やっぱり佐竹さんのことご存知だったんすね。ぜひ佐竹さんにもよろしくお伝え下さい! それでは!」


 疋田さんはブツッと通話を切る。とりあえずバレてはいないようだし、本人も元気そうなので何より。俺も安心して仕事に戻るのだった。


 ◆


 夜、いつも疋田さんがやってくる時間になると玄関チャイムが鳴らされた。


 疋田さんなら鍵を開けて勝手に入ってくるのに、と不思議に思いながらドアを開ける。


 外に立っていたのは土鍋を両手で持った疋田さん。


「ど……どうしたの?」


「話は後です! これ、重たくて!」


「あ……あぁ、うん」


 疋田さんはドタバタと部屋に入るとキッチンのガスコンロに土鍋を置いた。


「それ……何?」


「これっすか? おでんです。まだ寒いじゃないですか」


 疋田さんは火力を調整しながら答える。


「アツアツおでんでもやるの?」


「佐竹さん……これは勝ちヒロインの登竜門なんですよ。おでんを相手の家に持っていく。これで勝確です。サタケもカンチもこれでガチ恋ですよ」


「なっ……何それ?」


「東京ラブストーリーですよ。最近リス……バイト先の常連さんに教えてもらって見てるんです」


 リスナーさんね。ググると結構前のドラマのようだ。さすがの疋田さんもドラマは守備範囲外だったらしい。


「これ、俺達生まれてないよね……」


「えぇ、そうですね。名作は色褪せないんですよ」


 最北南の配信視聴者の年齢層の高まりを感じる。


「どういう話なの?」


「二人のヒロインの間でフラフラしている優柔不断男の話ですね」


 あれ? もしかしてこの期に及んで釘を差されようとしていますか? とは聞けないのだった。


 ◆


 おでんを食べ終わると、疋田さんはタブレットを操作してカレンダーを見せてきた。


 毎週末、土曜か日曜のどちらかにハート印がついている。それが三週続いた後、一週ごとにA、B、Cと書かれていた。


「なっ……なにこれ?」


「佐竹さんガチ恋カレンダーです。百日後にガチ恋する佐竹、と言ってもいいでしょう」


 疋田さんは今日も全速前進だ。


「どっ……どういうこと?」


 じっと俺の目を見て疋田さんは口を開く。


「まずは現状の認識合わせからしましょう。私達は現時点では友人です。ただし好意に近い感情を抱いている。ここまでは良いですか?」


「あ……うん」


「これまでの失敗は、ことを急ぎすぎたのが原因だと思われます。私達ビギナーはもっと時間をかけて、ゆっくりと進めるべきだと考えました。統計上、付き合うまでのデート回数は3回、付き合ってから致すまでのデート回数も3回です。私は不定期ですが週一休みですのでそこでのデートを所望します。これまでの反省を活かし、ABCは週に一つずつとしました。Cの日は今時点の予定では女の子の日とは被りませんのでこのスケジュールが妥当と考えます」


 カレンダーのハートマークはデートの日を表していて、3回目の日に付き合い、次の週からはキスから順番に進めるということらしい。


 このスケジュール感で百日後にガチ恋だと色々済ませたあとにやっと気持ちがついてくるという中々にクズな人格になってしまうので21日後にガチ恋する佐竹に脳内変換する。


「いやまぁ……妥当なスケジュール感ではあるけど……」


「あるけど……なんでしょうか?」


 疋田さんは不安そうに聞いてくる。


「すごく王道というか……」


 天然逆張りで、側道を我が道として行く疋田さんらしからぬ発想に思える。


「佐竹さん。王道、テンプレ、定石というものは過去の人の経験の積み重ねです。守破離とも言いますし、我々のようなビギナーはまずは教えを守るところからではないかと思います」


 目的達成のためなら手段を選ばないという強かさを感じる。やはり今年の疋田さんは一味違うようだ。


「うん……そうだね。もしどっちかの気が変わって付き合う気にならなかった場合はどうするの?」


「それは3回目のデートの日に意思決定を挟みましょう。継続するかどうか決めます」


「疋田さんは……これで大丈夫?」


「はい。私は単に佐竹さんをガチ恋させれば良いと思っていますので。気持ちは変わりません」


 つまり疋田さんから俺への方向は問題ないということらしい。なんとも遠回しな好意の示し方だ。


「佐竹さんがこのスケジュールで不安なのであれば付き合う意思決定をするまでにデートを一度増やしますか? それかデートを隔週にもできますが……2月に決められないことが4月に決まるのでしょうか?」


「あー……えぇと……」


「佐竹さん、安心してください。これはあくまでベストエフォートっすよ。世の中にはベストエフォートを謳って実が伴わない事だって多々あるじゃないですか。これもそのくらいのものでいいんすよ。あくまで、目安です」


 疋田さんは優しく俺を諭してくれる。優しいのだけど要は「早く意思決定しろコラ」というだけの話。すごく正論だしズルズル引き伸ばすのもお互いのためにならないのもわかるけれど、なんだろうこの作業感というかお仕事感。


 とにかく、あと3週間で雫花とも何らか話をしないといけなくなりそうだ。


「あ……うん。よ、よろしくお願いします」


「はい。よろしくお願いします。では酒を飲みましょうか」


 疋田さんはそういうと手慣れた手付きで俺の部屋にキープしていたボトルを取りに行ったのだった。

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