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夕方まで仕事をしていたので、既に都内のイルミネーションは完璧なコンディションを迎えていた。街路樹は生まれたときからそうだったと言わんばかりに輝いている。
雫花は隣で「うわぁ……」と小さく感嘆の声を漏らした。青色LEDの雑学はここでは封印。あの疋田さんにすらウケなかったのだから、雫花にウケるはずがない。
雫花は俺の親指を握ると、誘導するように歩き始める。
プロ意識の高い雫花は、外では身バレ防止のために極力話さないようにしているので、緊張して初々しいカップルのように無言でイルミネーションを眺めながら雑踏の中を進む。
通りはほんの数百メートル。すれ違う人達がその都度俺と雫花をチラチラと見てくる。
傍から見なくても分かる。釣り合ってはいないだろう。片方は陰キャオタク。もう片方はキラキラ女子高生。疋田さんもプリを見て一瞬疑っていたように、なんならパパ活の可能性まである組み合わせだ。
通りを一往復すると、雫花は俺の脇を突き、人気のなさそうな公園を指差す。話せないのは中々にストレスが貯まるのだろう。
二人で石の階段を登り、人の少なそうな公園の入り口へ立つ。
だが、そこは同じように人気のないところを求めていたカップルの溜まり場と化していた。どのカップルもそのまま二人で混ざり合って同化するんじゃないかと思うくらいに距離が近い。
さすがの雫花もここには居られないと感じたのか、もと来た道を戻り、大通り沿いで立ち止まる。
携帯を取り出して誰かにメッセージを送っているようだ。
それから5分後、やけに横長な車がやってきて、俺たちの前で停まった。
「乗って」
雫花に短く促され、雫花のあとに続いて車に乗る。そういえばこの人、超お嬢様だった。当然のように椅子は革張りなので緊張感が高まる。パリピが貸し切ってパーティをしていそうな広い車内に二人だけ。厳密には運転手と3人。
「出してください。行き先は……佐竹の家で」
「かしこまりました」
雫花のオーダーに運転手はどっしりとした低い声で対応する。
いや、かしこまらないで?
住所も郵便番号もなしに「佐竹の家」で行き先を把握しないでほしい。それだけこの運転手が有能ということなのかもしれないけど、さすがに情報収集が行き届き過ぎていて恐怖すら覚える。
そんな俺の心配もよそに車は発進。雫花は運転席との間にある間仕切りを閉めて俺と二人のプライベート空間を作り出した。
「佐竹、今日はありがと。時間なくなっちゃったからちょっとだけだけど……楽しかったよ」
雫花はニッと笑う。24時間前はスッポン鍋を無言で食べていた頃だろうか。まだ遅い時間ではないが、雫花も配信やら門限やらで忙しいだろう。
「こっちこそ。忙しいのにありがと」
「それで……さ。佐竹に伝えたいことがあるんだ」
モジモジして内腿をこすり合わせながら切り出す「伝えたいこと」。そして今日はクリスマス。普段の雫花の態度。
これはもうあれだ。きちんとステップを踏むであろう雫花ならまずはあれだろう。告白の二文字が脳裏をよぎる。
自分の中でYesと答えるつもりはないものの、どうやって会話を繋ごうかと必死に頭を回転させる。
「あのね……佐竹。私……その……だっ……」
大好きから入る!? 雫花! 早まるな!
「だ……?」
「だ……大学に……行こうと思うんだ。ほら、内部だからもう合格みたいなものだけど、推薦書も貰ったんだ」
「だ……大学ぅ……」
愛の告白でなかったので安心する一方で、大学? と頭にクエスチョンマークが浮かぶ。
そういえば雫花は大学に行くことを嫌がっていた。それがきっかけで雫花と絡むようになったのだが、気づけば頼もしい仕事の相棒にまでなっていたのですっかりと忘れてしまっていた。
「そう。厳密には今の大学には一年だけ通うの。その後は佐竹の大学に編入するんだ! 佐竹は大学院にあと四年はいるよね? そうしたら一緒にキャンパスライフ送れるなって」
俺は今修士の一年。来年雫花が大学の一年生で俺は修士の二年目。
4年というのはそこから博士号を取得するために、3年間の博士課程に進んだ場合の話だ。
だが、俺は修士で就職するつもり。アカデミックな世界はとにかく向いていないとこの一年で痛感し始めているからだ。
つまり、雫花が大学2年のタイミングで編入してきたとしても、俺は就職しているので大学にはいない。
「いや……多分……入れ違いでいなくなると思う……」
俺は大学院の仕組みを説明。雫花は「えぇ!?」と大声を出して驚き、そして次はあからさまにしょんぼりし始めた。
「わ……私もう行くって決めて手続きしちゃった……」
「い……いやほら! 大学に行くことは悪いことじゃないし! ね! それにさ! 俺がもしEdgeに就職したらオフィスなら会えるじゃん」
「あ……就職するの!? それなら……」
それはまだ確定ではないけれど、これ以上悲しい思いはさせられないので黙っておく。
「それと……まだ通うのかわかんないけど俺のところ、一応疋田さんもいるしね」
「え? そうなの!?」
「多分……一度も見たことないから卒業する気はないのかもしれないけど」
「へぇ……」
「とっ……とにかく。大学に行く気になってくれてよかったよ。俺のミッションも終わりだね」
「ミッション?」
「安東さんに言われてたんだ。雫花を大学に行く気にさせてくれって。俺は何もしてないけどその気になってくれたなら良かったよ」
「その気にさせといて自分だけいなくなるんだもんなぁ。ズルいよ、佐竹」
雫花は言うほど怒ってはいないようで、頬を可愛らしく膨らませる。
いやまぁ事前に相談されたら伝えられたのだけど、そうしたら雫花はまた大学に行く気をなくしていたかもしれないしちょうど良かったのかもしれない。時期的にもギリギリだろうし。
「まぁ……でも仕方ないよね。オフィスで会えるといいなぁ……あ、オフィスじゃなくても会いたいけどさ。どこでもいいよ、佐竹に会えるなら」
雫花はそう言って俺に抱きついてくる。なんでそんなに懐かれたのか分からないけど、まぁこれはこれで悪くない。
「あ! そうそう。これ、プレゼント。どうぞ」
雫花は思い出したように脇においていた包みをガサガサと破り、中からベージュ色のマフラーを取り出した。
ロゴを見ると、俺でも知っているくらいの有名ハイブランドだ。
そういえば雫花はお嬢様だったと再び思い出す。
「い……いや……受け取っていいの? 俺何も用意してなくて……」
「いいよ。今から貰うから」
雫花はそう言って俺の首にマフラーを巻いてくれる。どこぞのマフィアのボスのように数回首に巻き付けて垂らすスタイル。
両端を長めに前に垂らすと、首が締まらない程度の力で馬の手綱を引くようにマフラーを引っ張ってきた。
「わっ!」
俺の情けない声の出口は雫花の唇によって塞がれる――
かと思ったのだが、ゴツンとおでこ同士がぶつかってキスは回避。
「あだっ!」
「いっ……意外と痛かったぁ……」
雫花も俺から離れておでこを押さえている。
「なっ……何がしたかったの……」
「いっ……やぁ……プレゼント代わりにキスしちゃおっかなぁって思ったんだけど、さすがに思い留まれたよ。ふぅ……危ない危ない……あははは……」
チロっと舌を出して笑う雫花を見ていると、さすがにこれ以上関係が深まるのはまずい、と思わされる一方で、こんなに真っすぐど真ん中直球の好意ストレートを投げ込まれたら嫌でも捕球はしてしまう。
だが、脳内にいる球審はビタ止めした俺のミットを見てもストライク判定を出してくれない。自分で出せという事なのだろう。俺がそんな事出来ないのは分かっているくせに。
「あ、ついたかな」
どうやら俺の住んでいるマンションの入り口ピッタリに運転手が車を停めてくれたようだ。
無言で雫花と目を合わせる。多分家には上がらないのだろう。一人で降りろと視線で訴えかけてくる。
頷いて、運転手が開けてくれた扉の方へ向かうと、雫花が裾を掴んで引き止める。
「佐竹! その……また来年。来年もよろしく。うん、それだけ」
「あ……うん。今日は……ありがと」
さっきの事を無かったことにしたいのか、返事を欲しがっているのか、どっちなのかも分からず俺はただ頷いて車から降りることしかできなかった。
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