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雫花に連れてこられたのはEdgeの本社から少し離れたところにある自社スタジオ。新設の場所らしく、白を基調とした内装は歯医者かSF映画のどちらかでしかお目にかかれない雰囲気。
いくつも並んでいる防音用の分厚いドアに遮られた向こうでは誰かしらが配信をしているのだろう。
「こっちだよ」
「話していいの? ここ」
「大丈夫。防音は完璧だから。壁殴るくらいしないと中には聞こえないよ」
さすがにそこは金をかけてきちんとやっているらしい。
雫花の先導で配信スタジオらしき一室に入る。テキパキと電気をつけ、機材を立ち上げてと手慣れた様子で雫花が準備をしてくれる。
その間やることがないので部屋の隅にあるソファに腰掛けていると、準備を終えた雫花がマイクを持って俺の方へやってきた。
「はい、これ」
「何?」
「イッツマイク」
「それは見たらわかるよ」
「カラオケだよ、カラオケ」
「なんでカラオケ?」
「ふふーん。これです!」
雫花が見せてきたのはスマホのTodo管理アプリ。そこにはびっしりと何かが箇条書きされていた。
「LJKやらないと死ぬことリスト? 何これ」
「そのまんまだよ。今年度中にやりたいことをリストにしてるんだ」
「なるほどねぇ……」
ダラダラと生きている俺からすればこんなにあれこれとやることを詰め込めるアクティブさが羨ましくもある。
適当にスクロールしながらそのリストを眺めていると、チェック済みの項目に気になるものがあった。
「ん? 『彼氏とプリクラ』?」
読み上げた瞬間、雫花が顔を真っ赤にして携帯を取り上げてきた。
「こっ……これは……ぁ……あああの……擬似というか……」
「あぁ……あれか……」
前に雫花に連れられてプリクラを撮りに行ったことがあったが、あれでこの項目を達成したことにしたらしい。
疋田さんといい、Edgeにはこじらせている人しかいないのだろうか。
「とにかく! 今日はカラオケ! 佐竹も一緒にね!」
◆
数曲一緒に歌うと雫花はエンジンがかかってきたのか、ノンストップで自分の歌いたい曲を入れて、一人の世界に入ってしまった。
マイクを片手に、制服のスカートをひらひらと揺らしながら振り付けが自然と出てくるのはさすがライブもこなす人気VTuberという感じだ。
ひとしきり歌いたいだけ歌ったら雫花は俺の隣にどすんと座る。
「ふぅ……楽しかったぁ……」
「そ……それは良かったね……俺がいなくてもカラオケは達成できたんじゃないの?」
「正確には『友達とカラオケに行く』だから」
それを俺で達成して虚しくないのだろうか、なんてチクチク言葉は胸にしまう。
「でさぁ……さっき会議室で何してたわけ?」
雫花は携帯でSNSを開き、集まっているリプライにいいねをつけながら尋ねてくる。
「まぁ……色々と」
「その色々が気になるんだよなぁ」
明らかにゴシップを狙っている人の目で俺を見てくる。
「南と話してただけだよ」
「何を?」
「秘密」
「あぁ……なんだか急に南にチャットを送りたく――」
「はいはい! 話す! 話すから!」
雫花には俺が疋田さんの正体を知っていて黙っていることも、アデリーであることを隠していることも知られている。
口は固いし信用はしているのだけど、たまにこうやっていじってくるのが面倒。
とはいえ一人では解答も出てこない話ではあるし、女目線でアドバイスを貰えるのは良い機会だと思った。密室だし、雫花の口の固さは信頼しているのだから。
「相談みたいな話でさ――」
疋田さんが言っていたことをまとめて雫花に伝える。
最後まで聞くと雫花は「くぅ〜」と楽しそうに声を漏らし、足をバタバタとさせている。
「恋バナじゃん! オフィスラブ! いやぁ……人の恋愛模様を聞くのは楽しいねぇ」
「そりゃ聞く分には楽しいだろうけどさぁ……俺はもう何がなんやらだよ。疋田さん、何考えてるんだろうって」
「そんなの分かるわけないよ。私も佐竹が何考えてるのかわかんないし」
「まぁ……そうか」
「ただ私の持論だけどね、相談する人って結論ありきで、背中を押してほしいだけな気がするんだ」
「つまり……?」
「つまり、佐竹のこと好きなんじゃないの? 分かんないとか二次元がーとか言ってるけど単に照れ隠しで言ってるだけで、有照には『それは恋なんじゃあ……ないのかい?』って言ってほしかったんでしょ」
えぇ……回りくどい……もし、仮に、本当にそうだとしても、疋田さんなら「あぁ、好きっすよ」くらいサクッと言いそうなものなのに。
「なんでそんな面倒なこと……」
「面倒なもんなんだよ」
「いやぁ……分からん。疋田さんが分からんよ。特殊すぎる。俺だって分かんなくなるよぉ……確かに頼りになるし可愛いし優しいし落ち着くけど……これは恋なのか……違うような……うーん……」
女子高生の前で本気で悩み、頭を抱えてしまう。俺にとってのアデリーは雫花なのかもしれない。
「佐竹……じゃあさ、私にガチ恋してみたら?」
「ん?」
今、遂に雫花とも会話が噛み合わなくなった気がしたぞ。
「いやぁ……分からん。あんな人、好きになるわけないじゃんって思うのになぁ……」
「いや、言い直さなくていいから。分かんないなら分かるようにガチ恋してみればいいじゃんって言ってんの」
「誰に?」
「私に」
「誰が?」
「佐竹が」
雫花は、俺に、自分にガチ恋しろと言ってきているらしい。
「いやいや! 高校生でしょ!?」
「私っても私じゃなくて……イッカクの方だよ。これでもファンにガチ恋勢多いんだ」
ドヤ顔でそう言ってくるも、そうなると単なる氷山イッカクの営業活動になってしまうんじゃないだろうか。
「いやぁ……さすがに二次元にガチ恋は……行けるもんなのかな?」
「ま、VTuberガチ恋の人って結局その裏にいる中の人込み込みのガチ恋だし?」
「その中の人が丸見えなんですけどそれは……」
俺が難色を示すと、雫花はフフンと笑う。
「じゃあ回りくどいことはやめて、私にガチ恋すれば?」
雫花は身を乗り出して俺の方へ寄ってくる。
「い……いや……それは……というかそれがマズイからイッカクにガチ恋――」
俺の反論は雫花が被せてきたことで止められる。
「やりたいこと、まだあるんだよね」
そう言って見せてきたのはさっきのリスト。書かれているのは『恋愛』。俺と恋愛してクリア扱いは本当にそれで良いのか? となる。
「うーん……恋愛ねぇ……分かんなくもないけど……おっ、お泊り!? それは無理だって!」
「お泊りは事務所の子とするからいいよ。ごめんねぇ、佐竹ぇ」
ニヤニヤしながら断ってくるが、そもそも俺は雫花とお泊りしたいわけではない。
「むしろ助かるよ……」
「ま、そういうわけで。もう一つ追加しとこうかな」
追加して見せてきたのは『制服デート』。
「いや……キツイよ……」
「いけるいけるぅ。そんな変わんないでしょ?」
「もう23だから……」
「ま、とにかくよろしく。相棒!」
雫花は早速俺の腕に巻き付いてくる。本人の中では俺で恋愛をするのも前向きらしい。俺、捕まりません? 大丈夫?
「いつから相棒になったんだか……」
懐かれているのは嬉しいのだけど、さすがに高校生に手出しは出来ない。
安東さんに至急で雫花のお守り係のアサインを変えてもらうお願いしようと決心したのだった。
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