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「やっほー! 皆さん、今日はいつもと違うっすよ。分かるっすか?」
最北南の配信が始まった。
最北南を始め、同じ事務所のVTuberの配信を研究の傍らでラジオ感覚で垂れ流しにすることが増えてきた。
表情変化のツールは俺がさっさとセーフであることを疋田さんへ伝えると、その日のうちにアデリーのアカウントに対して最北南から「会社からOKが出たので使わせてもらうっす!」と返事が来た。
そして今日はそのツールを使う初配信の日。いつもと違うと言われても他のリスナーは何のことやらだろう。
『前髪が短い』
『パンツを履いていない』
リスナー達も違いがわからないのか適当なコメントを投げ始める。
「前髪は前と同じっすよぉ! よく見てください!」
南はそう言って少し怒り目の表情になる。
「んーと……ぱっ……パンツは履いてますよぉ!」
今度は顔を赤らめて伏し目がちになる。
どうやら表情切り替えは正常に動作しているようだ。感情の推定AIを自前で作り込むのは難易度が高いので外部サービスに丸投げしているのだが、かなり精度は良いみたいだ。
表情の切り替えに集中力を割かなくて良くなった分、南のトークはいつもより快調。ゲームを始めてもサクサクとクリアしていくので、これはこれでポンコツな南を求めていた人からするとどうだ? と思わなくはない程に順調な配信となった。
◆
「はーい。早いもので今日ももうお別れの時間っす。冒頭に言った違い、分かった人いるっすかぁ?」
『胸が大きくなった』
南は「平常運転っす!」と真顔で答える。
『痩せた』
南は「元々っすよ」と笑顔で答える。
『実は別人』
南は「中の人などいない」とニヤリと笑って答える。
相変わらずコメントは大喜利状態。仕方ないので『操作する人が別人』とニアピンのコメントを放り込む。
「おぉ! 惜しい! 実は今日、表情を変えるのをAIにやってもらってたんすよ」
『最先端!』
『かっけぇ〜』
『他の人も出来るの?』
「あっ……これまだ私だけしか使っていないので、興味がある人がいたら教えてほしいっす! 紹介するので!」
『後で教えて』
誰かがそうコメントすると、一気にコメントの流れが早くなる。
『イッカクさん降臨は草』
『イッカクさんきちゃあああ』
「誰だよ……」
イッカクさんなる人の素性は分からないのだが、そのコメントを視認した南は固まる。
「あ……あ……い……イッカク様ぁ!? あ……おや、おやしゅみなさい!」
南はそこで配信をぶつ切りする。
イッカク様なる人を知らないので、検索すると頭に細い角を生やした青髪女子のVTuberであることが分かった。
イッカクの角に見えるものは実は牙なので頭から生えているのは正確ではないのだが、可愛いければ正義だ。出っ歯よりは頭から生やしたほうが可愛いのだから仕方ない。
フルネームは氷山イッカク。所属先は『えくすぷろぉらぁ』。最北南と同じ事務所だ。
つまり、イッカク様は南の先輩。まさか配信のコメントに降臨すると思っていなかったのか慌ててしまい、間違えて配信を切ってしまった、というところだろうか。
今日の疋田さんの悩み相談は配信のぶつ切りの件だろうか。
なぜか深夜が待ちきれなくなっていることに気づき、その理由も分からず頭をかしげるのだった。
◆
「うぅ……佐竹さぁん……」
疋田さんが猫背というよりは、ゆでエビの方がしっくり来るくらいに背中を丸めてブランコまでやってきた。今日も安定の全身黒コーデ。オシャレというよりは無頓着なだけなのだろうけど。
今日は珍しく疋田さんの方が遅かった。というのも俺が2時からのところを15分も早く出てしまったのが原因だが。
「こんばんは。どうしたの?」
「今日は……はぁ……」
疋田さんの落ち込みようはかなりのものだ。配信をぶつ切りしてしまったのが余程堪えているのだろう。
「ほんと……大丈夫?」
「いやぁ……きついっすよぉ……」
「そんな日もあるよねぇ」
「佐竹さんにもそういう日があるんすか!? いつも穏やかというか安定してますけど」
「あるある。落ち込んでる理由を言ってくれない人が横にいるとキレそうになるんだ」
疋田さんは「あ……あはは……」と苦笑いをして俺から離れていく。
「冗談だよ。で、どうしたの?」
「そのぉ……佐竹さん、明日って暇っすか?」
質問に質問で返してきた事は指摘せずに飲み込む。
「う……うん。一日くらいなら」
南極に連れて行かれないために一日と予防線を張っておく。
「あのですねぇ……私と……」
疋田さんは緊張した面持ちでブランコに座ったまま前後に歩いている。挙動不審すぎてこういうお化けもいるかもしれないと思えるくらいにコミカルな動きだ。
「私と?」
「私と……服を買いに行ってほしいっす!」
「ふ……服?」
あれ? イッカク様は? と言いそうになるのをぐっと堪える。
「はい。そのですねぇ……明後日なんですけど、実はオフコラボ……じゃなくて実地研修がありまして。会社に顔を出さないといけないんです」
オフコラボと言い切ったが追求はしない。疋田さんのお漏らしは様式美だ。
あくまで研修という体で聞き取ったことにする。
「研修かぁ……たいへんだね。その服じゃだめなの? スーツとか?」
「あっ……いや……そういうわけじゃないんですけど……これ、ヤバくないですか?」
疋田さんは自分の全身黒コーデを気にしているらしい。
「何が? 可愛いけど……」
「かっ……かわ……ちょ! 佐竹さん! からかわないでください!」
「からかってないけど……」
「こんな……カラスみたいな恰好なのに……」
オシャレではないけれど、疋田さんは顔は可愛いわスタイルはいいわで何を着ても似合う。むしろ地味な服の方が素材の良さが全面に出ているまであるといえる。
「ま……買いに行くなら付き合うよ」
「あざっす!」
「あ、でも昼間って疋田さん……外に出られるの? 寝てたりする?」
疋田さんは顔を引き攣らせて携帯を取り出す。そんなに昼に外に出るのが嫌なのだろうか。
「明日の日没は18時32分らしいっす。なので19時にここに集合としましょう」
「あくまで日が落ちてから行動するんだね……」
「はいっす! それではおやすみなさい!」
疋田さんは明日の約束を取り付けると早々にマンションへ引き上げていく。
少しだけ一人でブランコに揺られながら携帯でSNSを開く。
最北南の投稿がオススメでトップに出てきた。つい今の投稿だ。
『明日は楽しみなことができたっす! うひょ〜寝るぞ〜!』
俺と服を買いに行く以外に楽しみなことがあるのだろう。そうであってほしい。
不意に気づく。
明日の買い物、実質デートじゃん、と。
夜に買い物をしてそのまま解散とはならない気がするので、一人でブランコに揺られながら近くのいい飲食店をリサーチするのだった。
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