第9話 引きこもり要塞と、アリスの引越し業者
ウゥゥゥゥゥゥゥン!!
昼下がりのアンニュイな事務所に、脳みそを直接揺さぶるような緊急出動のサイレンが鳴り響いた。
アタシはデスクに突っ伏して、書類の山と格闘していたが、その不快な音に顔をしかめてのろのろと起き上がった。
「……チッ。またかよ。働きすぎだろこの国。労働基準法はどうなってんだ」
アタシのボヤキを無視して、ルインが血相を変えて飛び出してくる。
「アリス!愚痴ってる暇はないぞ!東の砦で防衛戦だ!」
彼は杖と救急鞄をガチャガチャと言わせながら、悲痛な叫びを上げる。
「敵は弓兵部隊だ!矢の雨を抜けて負傷者を回収するには、双子の『バリア』が絶対に必要だ!」
「へーい。……おい、チコ、リコ。出番だぞ。給料分働け」
アタシはあくびを噛み殺しながら、双子の部屋のドアをノックした。
……返事がない。
「おい?寝てんのか?耳栓してんのか?」
ドアノブを回す。鍵がかかっている。アタシは舌打ちを一回。面倒くさい。合鍵を探すより早い手段を選ぶことにした。いつものようにドアを蹴り破ろうと、右足を高く振り上げる。
「――無駄ですよ、アリスさん」
中から、リコ(妹)の冷ややかな声が響いた。それはドア越しではなく、まるで空間そのものから聞こえてくるようだった。
「今の私たちは、この部屋と一体化しています。ドアを壊しても無意味です」
「は?」
「『絶対拒絶領域・完全閉鎖』!!」
ブォォォォォン!!
部屋の中から凄まじい魔力の波動が放たれた。
空気の密度が変わるほどの圧迫感。どうやら双子は、部屋の内側に球状のバリアを展開し、ドアごと空間を物理的に封鎖してしまったらしい。
「い、嫌だぁぁぁ!もう戦場なんて行きたくないぃぃ!怖いし汚れるし!」
「外は危険です。紫外線も敵意も強すぎます。私たちは二度とここから出ません。引退します。探さないでください」
完全に引きこもった。しかも、世界最高峰の防御魔法を使って。ルインがドアに取り縋って叫ぶ。
「頼むよ二人とも!君たちの力が必要なんだ!お菓子なら買ってあげるから!限定の高級プリンをつけるよ!」
「餌付けには屈しません! 甘いもので釣れるのは、そこのゴリラだけです!」
「あぁん?誰がゴリラだ表出ろ。バナナの皮で滑らせてやる」
アタシが拳をボキボキと鳴らすと、さらにバリアの輝きが増した。完全に逆効果だ。こいつらの防御本能は、アタシへの恐怖でできているらしい。
「あらあら、困ったわねぇ」
ボーグが困り顔で現れた。
「無理に出そうとすれば、あの子たちはパニックになって、バリアを暴走させちゃうわ。そうなると、この事務所ごと吹き飛ぶかも……」
「なんだその自爆スイッチ付き金庫」
説得している時間はない。砦の騎士たちは今も矢の雨に晒され、血を流しているはずだ。かといって、このバリアは物理攻撃も魔法も通さない完全無欠のシェルターだ。こじ開けるには、事務所を爆破する覚悟がいる。
……待てよ?
アタシはふと、壁の「継ぎ目」を見た。
バリアは「部屋の内側」に張り巡らされている。つまり、部屋の外側はただの物質だ。
「ねえルイン。このバリアって『部屋の中身』を守ってるんだよな?」
「そ、そうだけど……それがどうしたのか?」
「じゃあ、部屋ごとなら動かせるんじゃね?」
「は?」
ルインが理解不能という顔をした。だが、アタシの脳内では設計図が完成していた。アタシはニヤリと笑い、頼れる筋肉仲間であるボーグを見た。
「ボーグ。手伝ってくれ。引越しだ」
【東の砦・防衛ライン】
ヒュン! ヒュン! ヒュン!
空を埋め尽くす無数の矢が、雨のように降り注ぐ。金属の死神たちが風を切り裂く音が、戦場を支配していた。
「ぐわぁぁぁ!」
「退くな! 盾を構えろ! 隙間を作るな!」
砦を守る騎士たちは、敵の弓兵部隊による遠距離攻撃に釘付けにされていた。盾を貫通する強力な矢。負傷者が増え続けるが、回収に向かおうにも、飛び出せば一瞬で人間ハリネズミの完成だ。
「くそっ……救護団はまだか!?」
「来るわけがない! こんな矢の雨の中、装甲車でもなきゃ近づけないぞ!」
騎士が絶望の声を上げた、その時だった。
ズズズズズズズズ……!!
地響きと共に、もうもうと砂煙を上げて「それ」は現れた。戦場には似つかわしくない、四角いコンクリートとレンガの塊。
よく見ると、窓があり、可愛いカーテンがかかっている。それは紛れもなく「家の一部」だった。
「せーのっ!よいしょぉぉぉ!!」
その巨大な「部屋」を、神輿のように担いで走ってくる二人の人影。土煙で薄汚れた白衣を纏った少女アリスと、筋肉エプロンのボーグだ。
「な、なんだあれはァァァ!?」
「家だ! 家が走ってきたぞ!?」
敵も味方も攻撃を忘れて呆然とする中、アタシは肩に食い込むコンクリートの殺人的な重みに歯を食いしばった。重い。死ぬほど重い。だが、今の私たちの筋肉はアドレナリンで強化されている。
「ボーグ!砦の前まで一気に行くぞ!足を止めたら死ぬ!」
「ええ!任せてちょうだい♡重い荷物は、筋肉が喜ぶわぁ♡ エクササイズよぉ!」
アタシたちは、双子が引きこもっている「部屋そのもの」を、事務所の壁から引っこ抜いて持ってきたのだ。基礎ごと引っこ抜くのは骨が折れたが、なんとかなるものだ。
ヒュンヒュンヒュン!
敵が我に返り、慌てて矢の雨を浴びせてくる。
だが――
カァァァン! キィィィン! カンカンカン!
部屋(バリア入り)に当たった矢は、すべて軽快な金属音を立てて弾かれた。外装はボロボロのレンガだが、中には最強の「絶対防御」が展開されている。今のこの部屋は、ダイヤモンドよりも硬い質量兵器だ。
「ひぃぃぃ!揺れる!家が揺れてるぅぅ!」
「やめて!私たちの聖域を持ち運ばないでぇぇ!酔うぅぅ!」
中から悲鳴と抗議が聞こえるが、無視だ。自業自得である。アタシは砦の最前線、負傷者が倒れているエリアに到着すると、その巨大な部屋をドスン!! と地面に叩きつけるように下ろした。
「到着ーっ!アリス急便、お届け物でーす!ハンコはいりませーん!」
アタシは部屋の壁をバンバンと乱暴に叩いた。
「おい双子!着いたぞ!ここからは『移動式・絶対安全避難所』として営業しろ!」
「「鬼!悪魔!引越し業者!」」
「うるせぇ!働かねぇと、この部屋ごと崖から落としてサッカーボールにするぞ!」
アタシのドスを効かせた脅しに、双子は泣きながらもバリアを維持し続けた。これにより、戦場のど真ん中に「絶対に壊れない安全地帯」が爆誕した。
「ルイン! 負傷者をこの部屋の影に運び込め! 治療はそこで!」
「わ、わかった!……めちゃくちゃだ!本当に家を持ってきた……!」
ルインが呆れながらも、部屋の影へ迅速に動き出す。アタシは白衣を翻し、さらに前に出た。肩の筋肉が悲鳴を上げているが、仕事はまだ終わっていない。
「さて、と。安全地帯もできたし、あとはあのウザい弓兵どもを黙らせるか」
アタシは足元に落ちていた瓦礫を手にした。さっき事務所から部屋を引っこ抜いた時に崩れた、鋭利な壁の破片だ。手頃なサイズで、握り心地がいい。
「こちとら引越し作業でイライラしてんだ。……受け取れ、『引っ越し祝い』だ!」
アタシは大きく振りかぶり、完璧な投球フォームを取った。唸れ、アタシの上腕二頭筋。剛速球で放たれた瓦礫は、風切り音を置き去りにして一直線に飛んだ。
矢の雨を縫って飛ぶ礫は、指揮官とおぼしき弓兵の頭に、吸い込まれるようにヒットする。
「ぎゃっ!?」
「な、なんだこの威力は!? 投石機か!?」
「ただの素手だよバーカ!!」
アタシの投擲と、ボーグの突撃、そしてネネの「毒煙幕」の散布により、敵部隊はパニック状態に陥り、蜘蛛の子を散らすように撤退していった。
帰りの馬車。
荷台には、再び回収された「子供部屋」がドナドナのように積まれている。
バリアを解いた双子は、部屋の隅で膝を抱え、白い灰のように燃え尽きていた。
「……もう、人間不信になる」
「……おうち帰りたい(家ごと移動してるけど)」
アタシは泥だらけになった白衣をパンパンと払いながら、隣でげっそりしているルインに手を差し出した。
「はい、請求書」
「……今回は何代だ?」
「『重量物運搬費』と『家屋解体・リフォーム代』。あと『精神的苦痛への慰謝料』。壁、直しといてよね」
ルインは深く、深ぁ~くため息をつき、常備薬の胃薬を口に放り込んだ。
「……君の筋肉は、いつか国を滅ぼすよ」
「人聞きが悪いな。国を救った英雄の筋肉だろ?」
こうして、第四救護団の伝説に「家ごと戦場に現れる」という新たな1ページが刻まれた。
双子の引きこもり癖は治らなかったが、「引きこもったまま部屋ごと出勤させられる」という恐怖の事実を知り、以前よりは素直に出動するようになったとか。
……ま、アタシとしては、次はもっと軽いものを運びたいところだ。
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