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アタシたち第四救護団!~頭を使う戦場の天使は回復魔法ゼロで駆け抜ける~  作者: 夕姫


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第8話 戦慄! ママ化する職場

 


 事件は、平和であるはずの朝に起きた。


「……あれ?」


 アタシが目を覚ますと、あるべきはずのものがなかった。そう、「匂い」だ。


 いつもなら、この時間にはベーコンがカリカリに焼ける香ばしい音と、バターの濃厚な香りが寝室の隙間から侵入してきて、アタシの胃袋を優しく、時に暴力的に叩き起こすはずなのだ。それがアタシにとっての幸せなモーニングコールであり、一日の活力源でもある。


 だが、今日は無臭。いや、鼻をひくつかせると、むしろ微かにツンとする薬品臭さが漂っている。


「あれ、ボーグがいない?」


 嫌な予感しかしない。背筋を冷たいものが走るのを感じながらリビングに行くと、いつもキッチンで軽快に中華鍋を振るっているはずの巨体――ボーグの姿がなかった。


 代わりに、鍋の前に陣取っていたのは、ダボダボの白衣を着た小柄な少女。長い前髪で顔が見えないマッド薬師、ネネだった。


「……おはよう、新入り」


「あれ?ボーグは?」


「ボーグなら早朝から市場へ買い出しに行ったよ。『特売の高級卵を確保するわ♡』って、戦場に行くような顔で出て行った」


「げっ、ネネが飯作ってんの?嘘でしょ……」


 アタシは露骨に顔をしかめ、恐る恐るキッチンを覗き込んだ。そこには、地獄へのゲートが開いていた。


 ネネの手元にある鍋の中身は、およそこの世の食材の色ではない。ドス黒い、いや、深淵のような紫色をしており、ボコッ……ボコッ……と、まるで沼地から有毒なメタンガスが湧き出るような不気味な音を立てて粘着質に泡立っている。


 時折、緑色の煙がドクロの形になってゆらりと昇っているのは、寝起きの幻覚だろうか?いや、現実に目が痛い。


「失礼だね。ゴミを見るような目で見ないでくれる? これは私の特製『完全栄養スープ』。疲労回復、滋養強壮、あと精神安定に効くハーブを山盛り入れたの。味は……まあ、科学的な味がする」


「精神安定? ……なんか嫌な予感しかしねぇ」


 アタシの生存本能が警鐘を鳴らした。全身の毛穴という毛穴が「逃げろ」と叫んでいる。


 そっと鍋から距離を取る。あれは食べ物じゃない。これを口にするくらいなら、地面に落ちたビスケットの方がまだ栄養があるだろう。


 アタシはテーブルの端にあった、いつのか分からないカチカチの乾燥パンだけを齧ることにした。硬い。歯が折れそうだ。だが、あの紫色の液体よりは遥かに安全だ。


 だが、何も知らない……そして連日の激務で思考力が限界まで低下しているルインが、ふらふらとゾンビのようにリビングへ現れた。


「おはようございます……あぁ、なんかすごい匂いだ……徹夜明けの体に染みる……」


「お食べ、ルイン。君は働きすぎだから、特別に成分を濃いめにしておいたよ。一発で疲れが吹っ飛ぶから」


 ネネが紫色のスープを皿になみなみと注ぐ。皿が「ジュッ」と悲鳴のような音を立てた気がするが、ルインは気づかない。


 彼はそれを一口啜り、眼鏡を蒸気で曇らせてほぅと息をついた。


「うん……味はちょっと泥みたいだね、でも意外とイケるね。胃の奥からポカポカしてきて……なんだか、すごくとろけるような気分に……世界がピンク色に……」


「そうだろうね。副作用で『包容力』が爆上がりする成分が入ってるから」


「は?」


 アタシが聞き返すより早く、異変は起きた。


 ガタッ。


 ルインが椅子から立ち上がった。その仕草は、いつもの猫背でひ弱な彼とは決定的に違っていた。妙にクネクネとしていて、指先まで優雅。背筋は伸びているが、どこか妖艶で腰の入った立ち方だ。


「……あらやだ♡アリスちゃんったら、そんなパサパサのパンじゃ喉が詰まっちゃうわよぉ?ちゃんと噛んでる?」


 耳を疑うような声が聞こえた。


 野太くはないが、妙にねっとりとした裏声。鼓膜にへばりつくような粘着質な響き。


 恐る恐る顔を上げると、そこには慈愛に満ちた表情のルインがいた。


 アタシは危うくパンを喉に詰まらせて死ぬところだった。


「……は?ルイン?今なんて言った?頭湧いたか?」


「だ・か・ら♡ちゃんとスープもお飲みなさいって言ってるの。好き嫌いはメッ!よ♡」


 ルイン(眼鏡オネェver.)が、バチコーンと効果音がつきそうなウインクを飛ばしてきた。


 ……気持ち悪い。吐き気がするほど気持ち悪い。普段が真面目で陰気なだけに、そのギャップの破壊力が核弾頭レベルだ。鳥肌が全身でサンバを踊り狂っている。


「おいネネ!何入れたんだよ!あいつ完全に壊れたぞ!」


「んー……ボーグの『母性』を科学的に再現したくて、マンドラゴラの根と、希少な媚薬草のエキスを煮込んだの。シミュレーションでは『優しくなる』はずだったんだけど」


「劇物じゃねぇか!優しさの方向性がおかしいだろ!」


 その時、ソファで死んだように寝ていたヒルダ団長もむくりと起き上がった。彼女の前のローテーブルにも、空になったスープ皿がある。


 ……飲んでしまったのか。


「ふぁ~……あらあら、朝から騒がしいわねぇ♡小鳥さんたち♡」


 団長が、いつもの気だるげな表情を一変させ、聖母マリアのような慈愛に満ちた微笑みを浮かべている。背後に後光すら見える気がする。


「アリスちゃん、こっちにいらっしゃい。団長がハグしてあげるわぁ~♡寂しかったんでしょぉ~?よしよし~♡」


「ヒィッ!?団長まで!?やめろ、その笑顔は不気味すぎる! 逆に怖い!」


 アタシは戦慄した。


 ボーグが一人いるだけでもお腹いっぱいなのに、ルインと団長まで「オネェ化(ママ化)」してしまったのだ。


 ここは地獄か? 地獄の救護団なのか?


「ヒィィィ!!感染する!バカが感染するぅぅ!!」

「こっち来んな変態ども!汚らわしい!空気が腐る!」


 部屋の隅で、双子(チコ&リコ)が『絶対拒絶領域バリア』を最大出力で展開し、ガタガタ震えながら引きこもっている。


 正しい判断だ。心の底から羨ましい。アタシもその中に入れてくれ。


「さあアリスちゃん、スープは残さず飲みましょうねぇ♡体が大きくなりませんよぉ♡」


「お母さんと一緒にお昼寝しましょうねぇ♡腕枕してあげるわよぉ♡」


 ルインと団長が、両手を広げて、ゾンビ映画のようにジリジリと迫ってくる。


 その目は、獲物を狙う捕食者のそれではなく、歪んだ愛に満ちている。それが余計にタチが悪い。善意の押し売りほど厄介なものはないのだ。


 アタシは椅子を盾にして後ずさった。背中が壁に当たる。逃げ場がない。


「やめろ!近寄るな!アタシはスキンシップが大っ嫌いなんだよ! 母さんのせいでトラウマなんだよ!」


「照れ屋さんねぇ♡素直になりなさい♡」


「捕まえてチューしちゃうぞぉ♡ほっぺにチュッ♡」


「死ねぇぇぇ!!」


 アタシの脳内で、堪忍袋の緒が、ブチィッ!! と音を立てて切れた。貞操の危機だ。こんな連中に抱きしめられたら、アタシの精神が崩壊して二度と戻ってこれなくなる。


 恐怖が限界突破し、殺意に変わった瞬間だ。アタシは椅子を蹴り飛ばし、まずは一番近くにいたルインの懐に飛び込んだ。


「元に戻りやがれメガネェェ!!その口調をやめろォォ!!」


「あらん♡」


 ドゴォォォォン!!


 アタシの額が、ルインの鳩尾みぞおちに深々と突き刺さる。


 石頭のアタシが繰り出す、必殺の「正気を取り戻せ・精神注入(ショック療法)ヘッドバット」だ。


「あはんッ♡(白目)」


 ルインは奇妙な艶かしい声を上げて、ゆっくりと崩れ落ちた。泡を吹いているが、これで静かになるだろう。


 続いて団長だ。この人は頑丈だから手加減はいらない。


「あら、女の子が乱暴はいけないわ……お仕置きが必要ね♡」


「うるせぇ!団長ならシャキッとしろ!給料分はまともでいろ!」


 ガチンッ!!


 団長のおでこに、石頭同士がぶつかる硬質な音が響く。火花が散った気がした。


 アタシの渾身の頭突きが炸裂する。ヒルダ団長は「……星が見えるわぁ♡キラキラして綺麗……」とファンシーな言葉を呟いて、ソファに優雅に倒れ込んだ。


「はぁ……はぁ……。全滅させたか……」


 アタシが肩で息をしていると、キッチンの隅でネネが冷静にメモを取っていた。こいつ、この惨状を見て分析してやがる。


「ふむふむ。副作用:頭突きによる強い物理的ショックで解除可能、と。……面白いデータが取れた。次は電気ショックで試してみよう」


「てめぇ!実験してんじゃねぇぞ!巻き込まれる身にもなれ!」


 アタシがネネに掴みかかろうとした時、玄関のドアがガチャリと開いた。


「ただいまぁ~♡特売の高級卵、たくさん買えたわよぉ~!今日はオムライスよぉ!」


 本物のボーグが帰ってきた。彼は、白目を剥いて倒れているルインと団長、鍋から立ち上る紫色の煙、そして鬼の形相で怒り狂うアタシを見て、頬に手を当てた。


「あらあら、みんなでお昼寝ごっこ?仲良しさんねぇ♡微笑ましいわぁ♡」


 その能天気で変わらないオネェ声を聞いて、アタシはその場にヘナヘナと座り込んだ。


 本物が一番マシに見えるなんて、どうかしてる。世界が狂っているとしか思えない。


「……もうやだ、この職場。労災下りるかな」


「アリスちゃん?どうしたの?顔色が悪いわよ?お腹空いたの?」


「……空いた。まともな飯が食いたい。毒が入ってないやつ」


 こうして、ネネのスープは即座に廃棄処分(庭に撒いたら雑草が巨大化して襲ってきたので、ボーグが引っこ抜いた)となり、ボーグが作り直したフワトロのオムライスによって、救護団の平和は保たれた。


 ルインと団長は、目覚めた後もしばらく「……なんだか、無性にアリスを抱きしめたい衝動が残っている……」「……バブみを感じる……」と虚ろな目で呟き、アタシに全力で避けられ続けたのだった。


 アタシは心に誓った。二度とネネには料理をさせない、と。そして、ボーグの存在がどれだけ偉大か、骨の髄まで思い知らされた朝だった。

『面白い!』

『続きが気になるな』


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