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アタシたち第四救護団!~頭を使う戦場の天使は回復魔法ゼロで駆け抜ける~  作者: 夕姫


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第6話 新人アリス、白衣を纏いて戦場へ

 



 ガタゴト、ガタゴト。


 舗装もされていない荒野の道を、救護団の馬車が猛スピードで駆けていく。


 サスペンション? そんな高級な機能がついているわけがない。車輪が石に乗り上げるたびに、アタシの柔らかい尻は空中に浮き、そして硬い木のベンチに叩きつけられる。


 これは移動手段ではない。拷問器具だ。


「……なぁ、団長。アタシ、吐きそうなんだけど。あと、マジでこの格好で戦場に行くのか?」


 アタシは自分の服装を指差して抗議した。母マリアンヌ製、ピンクのリボンに、フリル増量のひらひらスカート。どう見ても「お花畑にピクニックに来た痛い子」だ。これからオークと殺し合いをする人間の服装ではない。


「こんな紙装甲で矢が飛んできたら、どうすんの?アタシのプリティでマシュマロな肌に穴が開くんだけど。労災下りるの?」


「安心しな。うちは給料は安いが、福利厚生だけはしっかりしてるんだ」


 向かいに座り、揺れる馬車の中でも器用にタバコを吹かしているヒルダ団長が、足元の木箱を蹴飛ばして開けた。中から取り出したのは、清潔感あふれる真っ白な「白衣」だ。


 団長はそれを雑巾のように丸め、アタシに放り投げた。


「着な。第四救護団の正規ユニフォームさ」


「……白衣?余計に防御力下がってない? 布だぜ、これ」


 ペラペラの布だ。透けるほど薄い。


 こんなものでオークの丸太のような棍棒が防げるわけがない。アタシを包む死装束か何かか?


 アタシが疑いの目を向けると、隣で馬車酔いとプレッシャーで胃薬をガリガリ齧っていたルインが、眼鏡をキラーンと光らせて解説に入ってきた。


「甘いですよアリス!これはただの布じゃない。王立魔導研究所から我々救護団に正式に支給された、最高機密の特別製だ!開発費だけで城が建つ!紛失したら僕の給料が来世まで飛びます!」


「うわっ、マジで高級品じゃん。そんなの汚したらどうすんだよ。血とか泥とかつくだろ」


「心配いりません。その白衣には、物理防御は『騎士のプレートアーマー』並み、魔法防御は『上級魔導師のローブ』並みの多重結界が繊維レベルで織り込まれています。しかも自動防汚セルフ・クリーニング機能付きです。返り血も泥も、一瞬で弾きます」


「は? 何そのチート装備」


 アタシは白衣を広げてみた。軽い。羽衣のように軽いのに、鉄の鎧より硬い? しかも洗濯いらず?


 袖を通してみる。サイズは魔力で自動調整されるようで、フリフリの服の上からでも、まるでオーダーメイドのようにピッタリとフィットした。


 なるほど、悪くない。これなら、私服を汚さずに済む。クリーニング代が浮くなら着てやってもいい。


「あら、似合うじゃない♡白が貴女の強さを引き立てるわぁ!」


 筋肉の要塞、ボーグさんが巨大な体を特注サイズの白衣に無理やり押し込みながら、バチコーンとウインクしてきた。パツパツだ。ボタンが悲鳴を上げて弾け飛びそうだ。


 馬車の隅では、ネネもブカブカの白衣をマントのように羽織り、双子も、お揃いの白衣を着て震えている。


 ……なんだろう、この集団。「白衣の天使」というより「マッドサイエンティストと実験体たち」に見える。


「ふーん……ま、タダならいいか」


 アタシは白衣の裾をバサリと翻した。気分は悪くない。



 ☆★☆★☆



「到着だ!全員降りな!仕事の時間だよ!」


 御者台のヒルダ団長の声と共に、馬車が急ブレーキをかけて停止した。馬車を飛び降りた瞬間、アタシの足が止まった。


「……うわ」


 鼻を突く、鉄錆のような濃厚な血の匂い。そして、獣の雄叫びと、金属がぶつかり合う不協和音。


 目の前の広場では、数十匹のオークの群れが、数人の騎士たちを包囲して、リンチのようにボコボコにしていた。騎士たちの鎧はひしゃげ、すでに何人かは地面に伏してピクリとも動かない。


 地獄絵図だ。


「た、隊長!もう持ちません!盾が割れます!」


 その時、後方の馬車の上に立ったヒルダ団長が、長い杖を掲げた。彼女の全身から、凄まじい魔力が立ち上る。


「『癒やしのヒール・レイン』!」


 団長の杖から、淡い光の粒がシャワーのように降り注ぐ。包囲の外側に倒れていた数名の軽傷者たちの傷が、みるみる塞がっていく。すげぇ、伊達に団長やってない。


「チッ……届かないか」


 光の雨は、オークの群れの中心――最も重傷を負っている騎士たちの元までは届かず、厚い筋肉の壁に阻まれて空中で霧散してしまっていた。


「ここからじゃオークの壁が厚すぎて、魔力の照準ラインが通らない!中へ切り込むしかない!ルイン、ボーグ、アリス頼んだよ!」


 ルインが杖を構え、アタシの方を振り向いた。いつもの気弱さは消え、必死の形相だ。


「聞いたろアリス!あの包囲網を突破する!急ぐぞ!」


「はぁ!?アタシらだけで!?無理だろメガネ!オークが何匹いると思ってんだ!」


「無理じゃない!早くしないと患者が死ぬぞ!」


 ルインに怒鳴られ、アタシはカチンときたが、同時に覚悟も決まった。やるしかない。ここで逃げたら、アタシの飯はお預けだ。アタシは純白の白衣をなびかせ、前に出ようとした。


「ヒィィィ! 無理無理無理! オークが汚い! 臭い!」

「来るな! こっち見んな豚ども! 魂が汚れる! 結界張るから寄るな!」


 その時、ボーグさんが地面に降ろした双子が、恐怖のあまり抱き合った。


 カッ! と眩い光が溢れ出す。


 ブォォォォン!!


 双子を中心に、黄金色の『絶対拒絶領域バリア』が展開された。直径1メートルほどの、完全なる球体。ドラゴンブレスすら弾く最強の殻。二人はその中で、外界を拒絶して震えている。


(……あ、これ使える)


 アタシの脳内で、悪魔的な閃きが走った。物理法則と人道的配慮を無視した、画期的な戦術だ。アタシは球体の前に立つと、深く腰を落とした。


「……先輩方、失礼しますっ!」


「え?アリスちゃん?やめて……!」

「何をするの……離れろ!バリアが汚れる!」


 アタシはバリアごと双子をガシッと掴んだ。両手で、まるで大きなバランスボールを持ち上げるように、グググッと持ち上げる。


 重い。


 見た目は子供二人分だが、手応えはずっしりと重い。だが、アタシの筋肉が歓喜の声を上げる。これならいける。


「アリス……君はそんな軽々と……!」


 ルインが目を剥いて、絶句した。


「あ?コイツらの体重なんて合わせても80キロくらいだろ? フルプレートアーマーの騎士1人より軽いだろ」


「たっ……体重……女の子なのに……デリカシー……!」

「はぁ!? もっと軽いし! レタス3個分だし!」


 双子が体重についてムキになって文句を言い始めるのを横目に、アタシは自分の腕力に改めて感謝する。


 この腕力は、伊達じゃない。幼い頃、母さんがアタシに「この重さの岩を持ち上げるのよ?できないなら夕食は肉なし、雑草サラダだけね♡」という理不尽なスパルタを数々課してきたことが功を奏したんだ。だからアタシは余裕で持ち上げられた。


「ちょ、待てアリス! 女の子2人分の体重なわけないだろう! そのバリア、高密度の魔力収束のせいで、質量がフルプレートの騎士5人分(約500キロ)くらいあるんだぞ!?なんで持ち上がるんだ!?」


 ルインが物理法則の崩壊を目の当たりにして、悲鳴のような声を上げた。


 え?500キロ?


 ……言われてみれば、ちょっと重い気がしてきた。そんなことより時間がない!


「うるせぇメガネ!道、開けてやるから遅れんなよ!!」


「えっ、まさか……アリス、待て!」


「どけぇぇぇ!ストライク狙ってやるよ!オラァァァァ!!」


 アタシは双子の入った超重量級バリアを、ボウリングの玉のように敵陣へ向かって全力投球した。


 ヒュゴォォォォン!!


 空気を切り裂き、唸りを上げて高速で転がる黄金の光弾。その軌道上にいたオークたちが、何が起きたのか理解する間もなく弾け飛ぶ。


 ガガガガガガッ!!ストライクッ!!


 ピンのように宙を舞うオークたち。硬質なバリアは、オークの肉体などものともせず、敵の包囲網を一直線に食い破った。これで完璧な花道ができたな。


「何ボサッとしてんだ!今だろ!走れメガネッ!!」


「わ、わかってる!誰がメガネだ!」


 我に返ったルインが走り出す。続いて、ボーグが「あらあら、乱暴ねぇ♡でも、アタシと同じくらい力持ちは素敵よぉ!」と笑いながら、巨大なメイスを盾のように構えて突進した。


 アタシも続く。白衣が風を孕み、翼のように広がる。


 包囲網の中央。


 死を覚悟していた騎士ジェラードは、目の前の光景を信じられない目で見ていた。凄まじい衝撃波と共にオークが吹き飛び、モーゼの海割りのように道が開けた先に、純白の衣を纏った少女が飛び込んできたのだ。


「て、天使……?」


 闇夜に舞う白い姿。それはまさしく、神が遣わした救いの天使に見えただろう。


 ――彼女が口を開くまでは。


「よぉイケメン。生きてるか? 鼻はちゃんと治ったか?」


 アタシはジェラードの前に仁王立ちすると、迫りくる残党のオークを睨みつけた。


「グガアアッ!」


 オークの棍棒が、アタシの肩めがけて振り下ろされる。ジェラードが「危ない!」と悲鳴を上げるが、アタシは避けない。この白衣を試したくなったからだ。


 ガンッ!!


 硬い音がして、棍棒が白衣の表面で弾かれた。衝撃は多少あるが、そこまで痛くない。本当に防御力がある。すげぇなこの白衣、マジで優秀だ。


「へっ、効かねぇよ」


 アタシはニヤリと笑い、一歩踏み込んでカウンターの頭を突き出した。


「『新人研修・挨拶代わりのヘッドバット』オオォ!!」


 ゴシャッ!!


 オークの顔面が陥没し、巨体が沈む。即死ではないが、しばらく起き上がれないだろう。予防医療完了。


「ルイン!こっちは片付いた!さっさと治せ!」


「言われなくてもやってる!」


 背後では、ルインが素早い詠唱で騎士たちに治癒魔法をかけ、ボーグさんが重装備の騎士を二人まとめて、まるで買い物袋のように担ぎ上げている。


 そして倒れた騎士のそばで、一匹のオークが、何かに足を取られて不自然に転んでいた。


「……邪魔。そこ、私の『毒々草』の特等席。あとでキノコ回収するから踏まないで」


 地面に這いつくばっていたのは、ブカブカの白衣を着た少女――ネネだった。彼女は白衣のポケットから紫色の煙玉を取り出し、地面に叩きつけていたのだ。周囲には甘い毒の香りが漂っている。


「あ、えっと……ネネ? いつの間にそんなところに。もしかして、そこのオーク、毒で痺れてんの?」


「……新入り、うるさい。白衣が汚れるからあっち行って」


 ネネはアタシを無視して、痙攣するオークの背中から生えてきた謎のキノコをピンセットで採取し始めた。


 ……あのアマ、戦場でオークの背中でキノコ栽培してやがる。最強かよ。


 ☆★☆★☆


「撤収よぉ!全員、馬車へ運びなさい!」


 ボーグさんの号令で、救出作戦は完了した。安全地帯へ向かう馬車の荷台にて。応急処置を受けたジェラードが、アタシに転がされた双子の横で、同じようにガタガタと震えながらアタシを見ていた。


「き、君たち……何なんだ……?その白い服は……?」


「あ?見てわかるだろ。救護団だろうが」


 アタシは白衣についたオークの返り血を、手でパパっと払った。パラパラと乾いた砂のように汚れが落ち、白衣は新品同様の輝きを取り戻した。本当に汚れがつかない。便利な服だ。これなら醤油をこぼしても安心だ。


「命拾いしたな、騎士様。……あ、これ、アタシからの請求書ね」


 アタシは懐からメモ帳を取り出し、サラサラと金額を書き込んだ。


「せ、請求書……?」


「『特別出張費』と『精神的苦痛代』、あと『スカートのクリーニング代(白衣の下)』。……もちろん払えるよな?次期エース候補様?」


 純白の白衣を着て、天使のような微笑みを浮かべるアタシに、ジェラードは「はいぃぃぃ!」と悲鳴を上げて頷いた。


 こうして、アタシの初陣は黒字で終わった。


 戦場の天使?誰がそんなこと言った?アタシは、ただの通りすがりの救護団員だ。

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