第4話 第四救護団の怪物(メンバー)たち
「採用おめでとう。じゃあ、これからの君の『巣』と、愉快な仲間たちを紹介しようか」
ヒルダ団長はそう言うと、気だるげに事務所の奥にある、立て付けの悪い扉を開けた。
アタシは内心、身構えていた。表が廃墟なら、裏はきっとゴミ捨て場か拷問部屋だろう。そう予想していたのだ。
だが――。
開かれた扉の向こうには、暖かな光に包まれた廊下が伸びていた。
床は顔が映るほどピカピカに磨き上げられ、壁には可愛らしい絵画が飾られている。そして何より、どこからともなく胃袋を刺激する暴力的なまでの「良い匂い」が漂ってくるではないか。
そこは、事務所のボロさとは裏腹に、意外なほど小奇麗に管理された居住スペースだった。
「わぁ~、広いですねぇ♡」
勝った! 雨風しのげる! しかも家賃光熱費ゼロの優良物件!アタシは目を輝かせた。現金なものだが、住環境はクオリティ・オブ・ライフの要だ。
なんだ、外見は呪われた館だけど、中は天国じゃないか。
これなら一生ここでダラダラ……いや、真面目に三食昼寝付きで勤務できそうだ。ニートの神様はアタシを見捨てていなかった。
「おーい、全員集合。新入りが入ったよ。出ておいで」
団長がパンパンと手を叩くと、リビングの方からドス、ドス、ドスと重い足音が近づいてきた。
……重い? いや、これは足音じゃない。地響きだ。質量がありすぎる。フローリングが悲鳴を上げているのが聞こえる。
地震かと思うような振動と共に、巨大な影が廊下を塞いだ。照明が暗くなるほどの威圧感。
「あらやだ♡新しい子?可愛いの女の子ねぇ~! アタシのフリルエプロン友達が増えるかしら!?」
現れたのは、身長2メートルを優に超える、赤髪の坊主の巨漢だった。
岩盤のような筋肉がはち切れそうな僧服の上に、不釣り合いなほど可愛らしい、小花柄のフリルエプロンを着けている。胸元のフリルが、大胸筋の圧力で今にも弾け飛びそうだ。
「ヒッ……熊!?」
アタシは思わず素の悲鳴を上げて後ずさった。なんだこいつ。人間か? 首の太さがアタシのウエストくらいあるぞ。腕なんて丸太そのものだ。ビンタされたら首がもげるぞ。
「紹介するよ。うちの運搬担当のボーグだ。心は乙女、身体は要塞」
「よろしくねぇ、新入りちゃん♡ボーグよ。怖がらなくていいのよぉ、お姉さんは優しいから♡」
ボーグは野太い重低音ボイスでウフフと笑うと、丸太のような腕を広げて歓迎のハグを求めてきた。圧死する!
アタシは顔を引きつらせながら、とっさにルインの背中に隠れた。どこからどう見ても、武装したオークロードだろ……
「あ、あの……お姉さん……ですか?」
「そうよぉ♡心は乙女、体は要塞。困ったことがあったら何でも言いなさいね。あ、これ焼きたてのクッキーよ。お食べ♡」
ボーグの太い指先から、可愛らしいラッピングのクッキーが差し出された。
……甘く香ばしいバターの香り。
アタシの警戒レベルが瞬間的にマイナスに振り切れた。アタシは「餌付け」には弱いのだ。プライドより糖分だ。
「あ、ありがとうございますぅ……うまッ!!」
口に入れた瞬間、サクッという食感と共に濃厚な風味が広がる。
なんだこれ、王都の有名店で売れるレベルだ。こんなゴリ……要塞が作ってるのか?なんか、このクッキーのためなら、多少の命の危険は冒してもいいかもしれない。
「で、次が……おいネネ。出てきな。いつまでそこで草を見てんだい」
団長が部屋の隅、巨大な観葉植物の鉢植えを指差す。すると、鬱蒼と茂る葉の影から、ズルズルと何かが這い出てきた。
「……うるさい。草じゃない。今、光合成の観察中。室温はあと1.5℃下げて。植物たちが息苦しがってる」
白衣を着た小柄な少女だ。
ただし、前髪が異常に長く、顔の上半分が完全に見えない。顔認証AIでも認識不能だろう。
少女はアタシの方に顔を向けると、動物のようにスンスンと鼻を動かした。
「……新入り? ……なんか、土と汗の匂い、甘ったるい体臭がする。あと、スカートに付いてるその種……『人食いヅタ』の種だね。毒性は通常の3倍。花弁は揚げて食べられるけど、今は君を養分にしようとしてる」
「ひぇっ!?」
アタシは慌ててスカートを払った。なんでそんなものついてんだよ……
「彼女はネネ。薬師だ。性格は終わってるが、腕はいい」
「新入り。気安く私に話しかけないで。人間より植物の方が会話が弾むから。彼らは裏切らないし、嘘もつかない。……君、肥料としては優秀そうだけど」
「やめろ!アタシを土に還そうとするな!」
ネネは興味なさそうにそう言うと、また植物の影に戻って一体化してしまった。
……暗っ!なんだあの陰キャは!
アタシも性格が悪い自覚はあるが、あそこまでコミュ障じゃないぞ。
「最後に……おい、チコ、リコ。出ておいで。取って食いやしないよ。この新入りは無害だ。たぶん」
団長が呼んでも、返事がない。
ただ、部屋の隅に置いてある大きなソファの後ろから、ガタガタガタ……という小動物が怯えるような音が聞こえる。
「……怖い。息してる音まで聞こえる。空気が震えてる」
「……帰れ。酸素が薄くなる。二酸化炭素排出マシーンめ」
ソファの影から、そっくりな顔をした二人の少女が、そろりそろりと顔を覗かせた。青いリボンの泣き虫そうな子と、赤いリボンの目つきの悪い子。双子だ。
二人は互いに手を繋ぎ、ガッチガチに震えている。まるで生まれたての子鹿だ。
「ヒィッ!知らない人が見てる!目が合った!穢れた視線だ!魂取られる!私の聖域が汚されるぅ!」
「おい新入り。こっち見んな。視線で殺すぞ。今、テレパシーで呪詛を送ったからな。夜道に気をつけろ、石につまずいて転べ」
「……えーと?」
「青リボンがチコ、赤リボンがリコ。双子だ。役割は『盾』。戦闘?もちろんしないよ、引きこもりだからね」
「盾?こんな小さくて弱そうな子たちが?」
アタシが首を傾げると、妹のリコがキーッ!と叫んだ。というか、目つき悪すぎだろ。リコって方、完全に殺し屋の目をしてるぞ
「弱くないし!お姉ちゃん、やっておしまい!あの生意気な女を近づけさせるな!ATフィールド全開!」
「うん……!他人なんてみんな敵……!『絶対拒絶領域』!!」
ブォォォォン!!
空気が歪んだ。
双子の周りに、半透明の黄金色の結界が展開された。それは完全な球体となり、二人を外部から物理的にも精神的にも遮断してしまった。
「……すごい魔力密度だろ?あれならドラゴンブレスでも防げるだろうね。たぶん、世界で一番頑丈な『殻』だ。防御特化の究極魔法だよ。しかも恐怖心や嫌悪感が多ければ多いほど糧に強固になる」
「へぇ……」
団長の説明を聞きながら、アタシはコンコンとバリアを叩いてみた。硬い。ダイヤモンドより硬そうだ。ビクともしない。
「以上、これが第四救護団のフルメンバーさ。どうだい、賑やかだろう?」
ヒルダ団長がタバコを吹かしてまとめる。いや……動物園かよ。いや、見世物小屋だ
筋肉オネエに、植物マニアの陰キャ、対人恐怖症の引きこもり双子。そして、やる気のない団長。
まともな人間が、あの死にそうな顔をしたルインしかいない。ルイン、頑張れ。君がこの団の最後の良心だ。アタシは応援だけはするぞ、一応。
それより、さっきからキッチンから漂ってくるボーグの料理の匂いは、こんなメンバーで不安な気持ちの中、魅力を放っている。シチューだ。濃厚なデミグラスソースの香りがする。
「さあ、歓迎会よぉ♡今日は特製オーク肉のシチューよ!たっぷり筋肉つけてあげるわよぉ♡ほら、アリスちゃんもこっちおいで♡」
ボーグが巨大なお玉を持って叫んだ。
その瞬間、ネネが植物から離れ、双子がバリアを解き、団長がタバコを消した。
全員の目が、さっきまでの奇行が嘘のように「食欲」一点のみで輝いている。
「……ま、いっか。飯が美味けりゃ、世界は平和だ」
アタシもお腹の虫を盛大に鳴らしながら、食卓へと向かった。
こいつらが変人だろうが怪物だろうが、関係ない。仕事は適当にサボって、飯だけ食って生きていこう。寄生してやる。
この時のアタシは、まだ本気でそう思っていたのだ。
この甘い考えの先に、地獄のような初任務が待っているとも知らずに、アタシはスプーンを握りしめていた。
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