第31話 突風と、見てはいけない素顔
【王都・商店街】
「……おいネネ。まだかよ。日が暮れるぞ」
アタシは両手に抱えた紙袋(大量の肥料と培養土、しめて30キロ)の重さに辟易しながら、前を歩く小柄な背中に声をかけた。
ネネは目深にフードを被り、幽霊のように長い前髪で顔を隠し、人混みを避けるように壁際をコソコソと歩いている。
「……うるさい、新入り。……マンドラゴラの根っこは、鮮度が命」
「そんなもん普通の八百屋に売ってねぇよ。通報されるぞ」
今日は備品買い出しの日だ。
先日の「巨人迎撃戦」で消費した薬品の材料や、ネネの植物園(元・巨人)の肥料を買い込むため、アタシが荷物持ちとして駆り出されたのだ。
ネネは極度の人見知りだ。
すれ違う人が少しでも視線を向けると、ビクッと震えてアタシの背後に隠れる。
普段は「毒殺するぞ」とか「肥料にするぞ」とか言ってるくせに、街に出ると借りてきた猫……いや、捨てられた雑草みたいに大人しくなる。
「……ジロジロ見ないで。……視線が痛い。……光合成の邪魔」
「誰も見てねぇよ。というか、お前のその不審者丸出しの格好が目立つんだよ」
ネネはボロボロのローブを羽織り、前髪で目元はおろか鼻先まで隠している。どう見ても闇の売人か指名手配犯だ。
「……あ。あった」
ネネが露店の一つに駆け寄った。
珍しい高山植物の種が売られているらしい。
ネネが夢中になって種を選んでいる時だった。
ビュォォォォォッ!!
季節外れの強烈な突風が商店街を吹き抜けた。砂埃が舞い、露店の商品がガタガタと揺れる。
「うおっ、目にゴミが……」
「きゃっ!?」
ネネの短い悲鳴が聞こえた。風が、彼女の深く被っていたフードを無慈悲に剥ぎ取り、そして――鉄壁の防御を誇っていた「長い前髪」を、真上にかち上げた。
その瞬間。
雑踏の喧騒が、まるでスイッチを切ったようにピタリと止まった。
「……え?」
アタシも、砂埃を払いながら目を見開いた。そこにいたのは、陰気な植物オタクのネネ……ではなかった。
透き通るような白磁の肌。
宝石の翡翠を溶かし込んだような、大きく澄んだ翠色の瞳。完璧な比率で配置された通った鼻筋に、桜色の唇。
それは、絵本の中から飛び出してきたような、この世のものとは思えない「超絶美少女」だった。
「……て、天使?」
「誰だあの子?いや、妖精か?」
「すげぇ美人……絵画みたいだ……」
周囲の通行人たちが足を止め、ざわめき始める。男たちは顔を赤らめて見惚れ、女たちは羨望のため息をつく。
その視線は、ネネの「顔」一点に集中していた。
「……お、おいネネ。お前……」
アタシは持っていた肥料の袋を落としそうになった。意外と……いや、認めよう。悔しいが、黙っていればアタシより可愛いかもしれねぇ。
「なんだよ。顔隠してんのが勿体ないくらいの美人じゃ――」
アタシが何気なく感想を言おうとした、その時。
「――見るなッ!!」
ネネが叫んだ。それは恥じらいの悲鳴ではなく、明確な「激昂」だった。
「え?」
「見るな!私の顔を見るな!……新入り!」
ネネは真っ赤な顔で、しかし羞恥ではなく、殺気立った「怒り」の形相でアタシを睨みつけた。
その目には、涙すら浮かんでいる。
ドガッ!!
「いったぁ!?」
ネネがいきなりアタシの脛を、安全靴のつま先で思い切り蹴り飛ばした。地味に痛い!弁慶の泣き所だぞ!さらにアタシの胸板をドンと突き飛ばすと、脱げたフードを乱暴に被り直し、群衆の中へと脱兎のごとく駆け出した。
「ちょ、おい! 待てよ!」
アタシが手を伸ばすが、ネネは小柄な体を活かして人混みに消えてしまった。残されたのは、アタシと、大量の肥料と、ざわめく群衆だけ。
「……なんだありゃ。情緒不安定すぎだろ」
【第四救護団事務所】
アタシが事務所に戻ると、そこにはすでに「要塞」が完成していた。
前庭に転がっている巨人の残骸(ネネの住処)が、無数の棘を持つイバラと毒々しいツタで完全に封鎖されていたのだ。
「……引きこもったな」
「ああ、お帰りアリス。……大変だったみたいだな」
ルインが窓から顔を出して苦笑している。アタシは肥料をドサリと置き、イバラの壁を蹴っ飛ばした。
「あいつ、なんなんだよ。ちょっと顔が見えただけでブチ切れやがって。蹴られた脛がまだ痛ぇよ」
「……見ちゃったんだね。ネネの素顔」
「ああ。ビビったぞ。中身は根暗なマッドサイエンティストのくせに、顔だけはお姫様みたいだった」
アタシが正直な感想を言うと、ルインは「やっぱりか」と深く溜め息をついた。
「……僕も直接知ってるわけじゃないんだけどね。昔、王都にいた頃に『噂』で聞いたことがあるんだ」
「噂?」
「王立魔道研究所に、とんでもない『美人の天才少女』がいるって。彼女は当時、画期的な植物魔法の論文を発表して、研究所の期待の星だったらしい。性格も明るくて、研究熱心で、誰にでも笑顔を振りまく可愛い女の子だったって」
「はぁ? 誰の話だ? 別人だろ」
今のアタシの知る「ジメジメした毒舌女」とは真逆だ。
「でもね……彼女の研究成果は見てもらえなかったんだ」
「なんでだよ? 天才なんだろ?」
「『可愛すぎた』からさ」
ルインは悲しげに言った。
「誰も彼女の論文なんて読んでなかった。みんな、彼女の『笑顔』が見たいだけで近づいた。研究発表会でも、質問されるのは『彼氏はいるの?』とか『休みの日は何してるの?』とか、そんなことばかり。……彼女は『研究所のアイドル』として消費されるだけで、研究者として認めてもらえなかったんだ」
「……」
アタシはイバラの向こうにある、沈黙した鉄の塊を見上げた。
「……だから、隠したってのか。あの顔を」
「たぶんね。自分の価値を『見た目』で判断されるのが、死ぬほど嫌なんだろう。彼女にとって『可愛い』という言葉は、褒め言葉じゃなくて『呪い』なんだよ」
ルインの話を聞いて、アタシは舌打ちをした。
くだらねぇ。
周りの連中も、それにいじけて引きこもってるネネも。
「……おい、ネネ! 聞こえてんだろ!」
アタシはイバラの壁に向かって怒鳴った。
「顔が良いのが悩みだと? 贅沢な悩みだなおい!そんなに自分の顔が嫌なら、アタシが殴って整形してやろうか!?」
返事はない。
代わりに、イバラの隙間から「ポイッ」と何かが投げられた。
小瓶だ。
パリン。
割れた小瓶から紫色の煙が立ち上る。
「げほっ!ごほっ! ……おい!毒ガス撒くな!」
「……うるさい。帰れ。……私は植物とだけ話す。人間は嫌い」
巨人の奥から、くぐもった拒絶の声が聞こえた。まったく……困ったやつだ。
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