第23話 事務所(ホーム)防衛戦と、最強のピンボール
ガシャァァァン!!
事務所の窓ガラスが派手に割れ、黒服の男が一人、放物線を描いて外の路地裏へと弾き飛ばされた。
「次ッ!かかって来いよ借りパク野郎ども!」
アタシは純白の白衣を翻し、ルインのデスク(聖域)の上で仁王立ちになった。足元には、すでにアタシの拳で「ご就寝」あそばされた私兵が三人、芋虫のように転がっている。
「おのれ、小娘が……!構わん、制圧しろ!手足の一本くらい折っても構わん!」
執事ギュンターの冷徹な号令で、残りの私兵たちが懐からスタンロッド(魔導雷撃警棒)を一斉に抜き、突き出してきた。
バチバチバチッ! と不気味な放電音が響き、紫色の稲妻が室内を照らす。まともに食らえば黒焦げ、良くて全身麻痺だ。
「甘ぇよ!砂糖菓子より甘ぇ!」
アタシは避けない。避ける必要がない。真正面から踏み込み、白衣の袖でハエを払うようにロッドを叩き落とす。
バチィッ!
電流は白衣の結界に阻まれ、無力化されて空しく霧散した。
「なっ!?雷撃が効かないだと!?」
「アタシの白衣は『汚れ』も『魔法』も弾くんだよ! エリザ印の特注品をナメんな!」
アタシは驚愕に目を見開く私兵の顔面を鷲掴みにし、そのまま床へ全力で叩きつけた。
ドゴッ!
よし、四人目。
一方、キッチンの前では――。
「そこを退け、巨漢! 双子を確保する!」
「あらあら、土足でキッチンに入らないでくださる? 今朝ワックスかけてピカピカに磨いたばかりなのよぉ♡」
ボーグさんが、巨大な中華鍋を構えて立ちはだかった。
私兵が剣で切りかかる。
カァァン!
甲高い金属音。中華鍋には傷一つ付かない。どこのミスリル製だ。
「それに、その冷蔵庫には特売の卵が3パックも入っているの。割れたらどう落とし前をつけてくれるのかしら?」
ボーグさんの背後に、不動明王のような鬼神のオーラがゆらりと立ち上る。
「……お仕置きよ♡挽き肉にしてあげる!」
「ひぃッ!?」
ゴワァッ!
ボーグさんが中華鍋をブンッと振るうと、風圧だけで私兵たちがピンのように吹き飛んだ。
さらに、部屋の隅では――。
「グアァァ!目が、目がかゆい!涙が止まらん!」
「足が痺れて動かん!感覚がない!」
ネネが机の下から、吹き矢で的確に私兵の急所を狙撃していた。忍者か。
「ふふ……『即効性・花粉爆弾』のデータ収集完了。次は『笑い茸エキス(濃縮版)』を試そうかな。一生笑いながら死ぬといいよ」
「ええい! 埒があかん!役立たず共め!」
業を煮やした執事ギュンターが、自ら腰のサーベルを抜いた。その切っ先が、ソファの裏で震えている双子に向けられる。
「チコ様、リコ様。これ以上抵抗されるなら、多少手荒な真似も辞しませんよ。そのバリアごと運び出します」
「ひぃぃ!嫌だ!ギュンター怖い!目が笑ってない!」
「近寄るな!加齢臭がする!消毒液撒くぞ!」
ギュンターが鋭い踏み込みでバリアに肉薄した。速い。ただの執事の動きじゃない。アタシはデスクから飛び降りた。
「おい執事!アタシの商売道具に触んな!」
「邪魔だ!」
ギュンターのサーベルが銀色の閃光となって走る。アタシは白衣で受けようとしたが、直感で首を逸らした。
シュッ!
頬に熱い痛みが走る。かすり傷。
……チッ。白衣の防御範囲外(顔)を正確に狙ってきたか。やるな、クソジジイ。
「……狭くて暴れにくいな」
事務所内は書類や家具、気絶した私兵で溢れかえっている。これじゃあアタシの機動力が活かせない。
アタシはチラリと、ソファの陰で震える双子を見た。双子は直径1メートルの『絶対拒絶領域』の中に引きこもっている。
黄金に輝く、硬くて、丸くて、絶対に壊れない完全球体。
……あるじゃん。
ここに、最高の「室内用・清掃道具」が。
「おい双子! 歯ぁ食いしばれ! 舌噛むなよ!」
「え? アリスさん?まさか……ここで!?」
「室内だぞ!?壁が壊れる!バリアも汚れる!手洗えゴリラ!」
アタシはギュンターの斬撃を紙一重でかいくぐり、双子のバリアに両手をかけた。ずっしりと重い。だが、持てる。
「知るか!リフォームのついでだ!」
アタシは全身の筋肉を唸らせ、バリアごと二人を持ち上げた。そして、独楽のようにその場で高速回転を始めた。遠心力がかかる。
「『室内清掃・乱れ撃ち(ピンボール)』スタートォォ!!」
ブンッ!
アタシの手から放たれた光の球体が、狭い室内を暴れ回る。
ガゴンッ!!(壁に激突)
バギィッ!!(私兵に直撃)
ドカァァン!!(飾り棚粉砕)
壁に反射し、天井に弾かれ、予測不能な幾何学的軌道で飛び回る「双子弾」。逃げ場のない室内で、それは質量を持った凶悪な跳弾となって襲いかかる。
「ぎゃああああ!?」
「何が起きてるんだぁぁぁ!何かに撥ねられた!」
「目が回るぅぅぅぅ!! おぇぇぇ!」(双子の悲鳴)
私兵たちが次々とボウリングのピンのように、あるいは交通事故に遭ったカエルのように弾き飛ばされていく。
ギュンターもサーベルで弾こうとしたが、衝撃の重さに耐えきれず「ぐぅッ!?」と呻いて体勢を崩した。
「ぬぅっ……!絶対防御のバリアを、攻撃に転用するだと……!?常識外れな……!」
「ストライークッ!!」
アタシは壁から跳ね返ってきたバリアをガシッとキャッチし、ドヤ顔で仁王立ちした。周囲には、白目を剥いて気絶した私兵の山と、木っ端微塵になった家具の残骸が散乱している。
「どうだ、思い知ったか。これが第四救護団流・掃除術だ」
「…………」
ギュンターは乱れた服を直し、倒れた部下たちを見回した。そして、冷徹な目でアタシを値踏みするように見た。
「……驚きました。あの臆病で役立たずな双子様を、まさか『質量兵器』として運用するとは」
「武器じゃねぇよ。仲間だ。……まあ、使い勝手は最高にいいけどな」
ギュンターはサーベルをパチンと鞘に収めた。
「よろしい。本日は引き上げましょう。部下が全滅しては運び出せません」
「逃げるのか?尻尾巻いて?」
「いいえ。『報告』に戻るのです。双子様の新たな活用法が見つかったとあれば、旦那様も興味を持たれるでしょう」
執事は不気味な言葉を残し、気絶した部下をゴミのように引きずって出て行った。
「……次にお会いする時は、軍隊を連れて参ります。精々、首を洗って覚悟しておいてください」
バタン。
壊れかけたドアが閉まり、静寂が戻った。いや、静寂ではない。阿鼻叫喚の余韻だ。
「あああああ!僕のデスクが!書類がぁぁぁ!請求書が紙吹雪にぃぃ!」
ルインが粉々になった机の前で、灰になったジョーのように泣き崩れている。双子はバリアを解き、床にへたり込んで盛大に嘔吐していた。
「……おぇぇ。アリスさん、最低……鬼……悪魔……」
「……三半規管が死んだ……世界が回ってる……」
アタシは散らかった室内を見渡し、ポリポリと頬をかいた。
「ま、とりあえず撃退成功ってことで」
「どこがだ!宣戦布告されたぞ!しかも家具全滅だ!」
ルインの言う通りだ。これは終わりではない。始まりに過ぎない。「鉄壁の盾」の名を持つ伯爵家は、本気で双子を――そして邪魔なアタシたちを潰しに来るだろう。
「……上等だよ」
アタシは壊れたドアの向こう、去っていく黒塗りの馬車の音を睨みつけた。
「アタシの平穏なニート生活(予定)と美味い飯を邪魔する奴は、伯爵だろうが国王だろうが、全員物理的にへこませてやる」
こうして、第四救護団と大貴族との全面戦争の火蓋が切って落とされた。
だがその前に、まずは事務所の片付けと、ルインの胃薬の大量補充が必要だった。あと、今夜の夕飯の確保もな。
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