第20話 エリート vs 狂犬
【王都迎賓館・パーティー会場】
煌びやかなシャンデリアの下、空気は液体窒素でも撒かれたかのように凍りついていた。
アタシは、ルインをバカにした銀髪のエリート男――クライヴの手首を、万力のような力で締め上げ続けていた。
「い、痛い……!離せと言っているのが聞こえないのか!この狂犬が!」
「狂犬?最高の褒め言葉だね」
アタシはニヤリと笑った。純白の白衣が、会場の無駄に明るい照明を反射して、神々しいほど眩しく輝く。
「おいエリート様。アンタ、さっきルインの魔法を『現場じゃ役に立たない』って言ったよな?」
「じ、事実だろう!彼はアカデミー時代から理論ばかりで、実戦形式の決闘では一度も僕に勝てなかった!」
クライヴは額に脂汗を流しながらも、肥大化したプライドだけでキャンキャンと吠えた。
「第四救護団?笑わせるな!落ちこぼれの彼に相応しい、底辺の職場だ!ゴミにはゴミがお似合いだとな!」
「……へぇ。底辺、ね」
アタシはスッと手首を離した。
拘束が解けた反動で、クライヴがよろめきながら後退り、真っ赤になった手首をさする。
「なら試してみるか?アンタの自慢の魔法と、底辺のアタシ。どっちが『現場で役に立つ』かをさ」
アタシは指をクイクイと動かし、挑発的に手招きをした。
会場がどよめく。
「アリス!よせ!ここで騒ぎを起こしたら……」
「黙って見てろよメガネ。これは、もうアタシの問題だ」
アタシは止めに入ろうとしたルインを手で制した。クライヴの整った顔が、屈辱と怒りで赤黒く染まる。
「いいだろう……!後悔するなよ小娘!首席卒業を争った私の魔法、その身で味わえ!」
クライヴが素早く懐から杖を抜き、構えた。その所作だけは洗練されている。周囲の着飾った客たちが、悲鳴を上げて蜘蛛の子を散らすように下がる。
「『紅蓮の炎よ、螺旋となりて敵を穿て(ファイア・ジャベリン)』!!」
高速の詠唱。杖の先から、槍のように鋭く回転する炎の渦が放たれた。速い。そして熱い。肌が焼けるような熱波が一瞬で届く。さすがエリート、威力は本物だ。
――普通の人間なら、黒焦げの肉塊になって終わりかもな。
「アリス!!」
「避けるなよ? ゴミ拾い!」
炎の槍がアタシの胸元に吸い込まれるように直撃する。
ドォォォォン!!
爆炎が上がり、黒煙が視界を覆う。アタシの姿がかき消えた。
「ハハハ! 見たか! これが王宮魔導師の力だ!」
クライヴが高笑いする。勝利を確信した者の、醜悪な笑い声。ルインが絶望の表情で煙を見つめる。
「……ぬるいな」
煙の中から、絶対零度の冷ややかな声が響いた。
スゥーッ……と煙が晴れる。
そこには、塵ひとつ、煤ひとつついていない、完璧な純白の白衣を纏ったアタシが、欠伸を噛み殺しながら立っている。
「な、なんだと……!?」
「無傷!?直撃したはずだぞ!」
会場が騒然とする。アタシは白衣の襟をパンパンと払った。
「アンタの魔法、教科書通りで綺麗だけどさ……。それだけなんだよ」
アタシは一歩、ゆっくりと踏み出した。たった一歩。それだけで、クライヴがひきつった顔で後ずさる。
「く、来るな! 『風の刃 (ウィンド・カッター)』!」
カァン!
白衣で、見えない風の刃を金属音と共に弾く。
「『雷撃 (サンダー・ボルト)』!」
バチィッ!
白衣の表面に走る結界が、紫電を瞬時に無効化する。
「なんでだ!なんで効かない!痛覚がないのか!」
クライヴが半狂乱で叫ぶ。
アタシは眉をひそめ、吐き捨てるように言った。
「普通に痛ぇよ。熱いし、衝撃もある……」
白衣は無敵でも、中のアタシは生身だ。多少の痛覚はある。我慢しているだけだ。
アタシは背後のルインを見た。
「でもな、ルインのほうがもっと痛ぇ思いしてんだよ!笑われて、見下されて、悔しくて俯いて。それでも歯を食いしばって、現場で泥まみれになって戦ってんだよコイツは!」
「アリス……」
アタシは地面を蹴り、一瞬でクライヴの懐に潜り込んだ。恐怖で見開かれた彼の瞳に、アタシの笑顔が映る。
「貴様は一体……」
「アタシか?アタシは――お手も待ても出来ない、ルインの番犬だよ!!」
「ひぃッ……!?」
クライヴが腰を抜かそうとした瞬間、アタシは彼の襟首をガシッと掴み、逃走を封じた。そして、無理やりアタシの目線まで引きずり下ろした。
「おいエリート。客人を立たせたままにするなんて、マナーがなってねぇな?」
「あ、あ、ああ……」
「貴族なら貴族らしく、まずは『謙虚さ』から学べ!」
アタシは腕に全力を込めた。
「頭が高いんだよォォォ!!」
ドゴォォォォン!!
アタシはクライヴの顔面を、そのまま床の硬い大理石に全力で叩きつけた。手加減? 知るか。
ゴシャァァッ……!
石と骨がぶつかる、重く鈍い音が、静まり返った会場に響き渡った。大理石の床に、蜘蛛の巣のような亀裂が走る。クライヴは白目を剥き、ピクリとも動かなくなった。
「……ふぅ。一丁あがり」
気絶したエリートを見下ろし、アタシは満足げに手をパンパンと払った。
シーン……。
誰も言葉を発せない。
アタシは周囲をぐるりと見回した。
「……おい、次は誰だ?ルインを『落ちこぼれ』って呼びたい奴から前に出ろ。全員まとめて、この床の硬さを教えてやる」
アタシがギロリと睨むと、エリートたちは一斉に青ざめて目を逸らした。完全勝利だ。
「……もういいよ、アリス」
背後から、ルインが声をかけた。怒っているかと思ったが、その顔は……どこか吹っ切れたように、清々しく笑っていた。
「はは……。めちゃくちゃだ。本当に君は」
「感謝しろよ。これでアンタの悪口を言う奴はいなくなった」
「ああ。代わりに『ルインは狂犬使いだ』って噂されるだろうけどね?もう、どうにでもなれだ。さぁご飯を食べよう」
ルインは眼鏡の位置を直すと、そのまま歩き出す。その背中は、事務所を出た時よりも少しだけ、頼もしく見えた。
会場のビュッフェコーナーでは、アタシの戦闘とは別の意味で地獄絵図が広がっていた。
「あら、このローストビーフ、焼きすぎねぇ。肉の繊維が死んでるわ。私のステーキの方が100倍美味しいわね」
ボーグが料理評論家のような厳しい顔で、皿に山盛りの肉を掃除機のように吸い込んでいる。
「ねえ、このサラダに入ってるハーブ、幻覚作用がある『夢見草』に似てる。……試しに入れてみようかな」
ネネが懐から怪しい粉を取り出そうとし、青ざめた給仕係が必死に止めている。
「(モグモグ……あまい……)」
「(……これ持って帰っていいのかな? )」
双子はテーブルの下に強固なバリアを張り、その中にケーキやフルーツ、銀の食器などを引きずり込んでいた。
「……あの、お客様?」
「ん~?このワイン、高い味がするねぇ。もう一本開けていいかい?いや、樽ごと貰おうか」
ヒルダ団長はすでに高級ワインのボトルを3本空け、4本目のコルクを歯で抜いていた。騒ぎが終わったアタシとルインは、その光景を見て顔を見合わせた。
「はぁ……アリス、帰るか?」
「いや、元を取るまでは帰らない。行くぞルイン!」
アタシはニカっと笑い、ビュッフェへ走った。腹が減っては戦はできぬ。そして戦の後は腹が減るのだ。
「肉だーッ!!」
こうして、ルインの憂鬱な同窓会は、第四救護団による「物理的制圧」と「食糧枯渇」という伝説を残して幕を閉じた。ルインが翌日、会場の床(大理石)の修繕費請求書を見て胃薬を1瓶空けたのは、言うまでもない。
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