第15話 解体ショーと、戦場のドラゴン焼肉
戦闘が終わり、静寂が戻った広場。そこには、戦いの爪痕として、3匹の巨大なワイバーンの死骸がゴロゴロと転がっていた。
焼け焦げた石畳、漂う獣臭と血の匂い。普通なら、騎士団が処理班を呼んで回収し、厳粛に事後処理を行う場面だ。
だが――ウチの部隊に「普通」なんて言葉は存在しない。
「……ふふ。……ふふふ♡」
静まり返った広場に、不気味な笑い声が響く。白衣の少女・ネネが、巨大なワイバーンの死骸によじ登っていた。
右手にはギラリと光る解剖用メス、左手には身の丈ほどもある巨大な空き瓶。その瞳は、恋人を見るよりも熱っぽく、獲物を見るよりも冷徹だ。
「すごい……新鮮な『火炎袋』だ。まだ脈打ってる。これがあれば、携帯用火炎放射器が作れる。あと、この目玉は煎じて飲むと夜目が効くし、脳味噌は幻覚剤の材料に……」
ズブッ! グチャッ!
ネネは迷いなく、そして慈悲もなく解体作業を進めていく。その手際の良さは、熟練の外科医か、あるいは路地裏の猟奇殺人鬼か。内臓を引きずり出す音が、生々しい効果音となって周囲の兵士たちを戦慄させる。
遠巻きに見ている騎士たちが「ひぃっ……」「あいつら正気か……」とドン引きしているのが聞こえるが、アタシは腕組みをして満足げに頷いた。
「いいぞネネ!金目のものは全部剥ぎ取れ!鱗一枚、牙一本たりとも残すなよ!」
「わかってる。……新入り、肝臓いる?精力がつくよ」
「いらねぇよ。高く売っとけ」
アタシたちにとって、目の前の肉塊はただの死体ではない。宝の山だ。
度重なる建物の修理費で赤字続きの救護団にとって、ドラゴンの素材は天から降ってきた臨時ボーナスそのもの。この死体がお金に見えるアタシは、もう立派な守銭奴なのだろう。
「あらあら、お仕事熱心ねぇ♡」
そこへ、血飛沫ですら模様に見える筋肉エプロンのボーグさんが、巨大な中華包丁を持って現れた。
「ネネちゃん、内臓の採取は終わった?終わったら、お肉を切り分けるわよぉ」
「肉?」
アタシが振り返ると、ボーグは口元から涎を拭っていた。目が完全にハンター、いや、料理人のそれだ。
「ワイバーンのテール肉はね、コラーゲンたっぷりで美容に最高なのよぉ♡ 筋肉の疲労回復にも効くし、今夜は『ドラゴンステーキ・ガーリックソース添え』よ!」
「マジか!やった!」
アタシは思わずガッツポーズをした。
母さんが昔、「トカゲ(ドラゴン)の尻尾は滋養強壮にいい」と言って丸焼きにしてくれたのを思い出す。あれは火加減を間違えて炭の味しかしなかったが、ボーグの腕なら間違いない。
「ちょ、ちょっと待って!」
ルインが青い顔で、必死に止めに入った。彼は今日も常識人枠として過労死寸前だ。
「食べる気ですか!?それに、ワイバーンの皮は鉄より硬いんですよ? 普通の包丁じゃ刃が立ちません!」
「あら、見てなさい♡」
ボーグさんは聞く耳を持たず、巨大な尻尾に包丁を当てた。丸太のような腕に、ミミズのような血管が浮き上がる。
「ふんッ!!」
ガギィィィン!!
広場に凄まじい金属音が響き渡り、火花が散った。包丁が弾かれたのだ。ワイバーンの鱗には、傷一つついていない。さすがは空の王者、防御力も伊達じゃない。
「……あらやだ。硬いわねぇ」
「ほら見たことか!無理なんですよ!」
ルインが安堵(?)のため息をつく。だが、アタシの食欲という名のエンジンに火がついた今、諦めるという選択肢はない。目の前に最高級の肉があるのに指をくわえて見ていろだと?笑わせるな。
「……どきな、ボーグ」
アタシは白衣の袖を捲り上げ、不敵な笑みを浮かべて尻尾の前に立った。
「アリス?まさか……」
「肉が硬いなら、柔らかくすればいい」
アタシは深呼吸をし、額に全神経を集中させた。狙うは、鱗と鱗の微細な継ぎ目。そして、その奥にある筋肉の繊維。料理とは闘争だ。食材との対話だ。
「美味しくなぁれ……萌え萌えキュン!!」
「掛け声がおかしい!」
ドゴォォォォォン!!
アタシの渾身の頭突きが、尻尾の肉に深々と突き刺さった。衝撃波が内部を駆け巡り、鋼鉄のような筋肉繊維をズタズタに粉砕する音が響く。
「もう一丁! 『挽き肉製造・ヘッドバット』!!」
ドガガガガガッ!!
アタシは高速で頭突きを連打した。硬い鱗が砕け散り、中の強靭な肉が、打撃の衝撃でほどよく解れ、柔らかくなっていく。これぞ、ミリエル家に伝わる秘伝の「下ごしらえ(調理法)」だ。
「ふぅ……。どうよボーグ」
アタシが額の汗を拭うと、そこには見るも無惨に柔らかくなった肉塊があった。
「んまぁ素敵♡ 最高の霜降り具合だわ! これなら歯の弱いおじいちゃんでも食べられるわね!」
ボーグさんが包丁を入れると、今度はスッと、まるでバターのように刃が通った。
数十分後。
血なまぐさい戦場の片隅で、暴力的なまでに香ばしい匂いが立ち込めていた。
即席の焚き火の上で、巨大な肉塊がジュウジュウと音を立てて焼かれている。滴り落ちる脂が炭に触れて煙となり、食欲を刺激する。
「さあ、焼けたわよぉ~♡」
ボーグさんが切り分けた厚切りのステーキを、アタシたちは貪り食った。
「うめぇぇぇ!!」
口に入れた瞬間、濃厚な旨味が爆発した。噛めば噛むほど肉汁が溢れ出す。野生の力強さと、ボーグの繊細な味付けが奇跡の融合を果たしている。
「……ん、意外とイケる。毒消しのハーブと相性がいい」
「僕はいりません! 絶対に食べませ……うぐっ……んむ? ……あ、美味しい」
アタシが無理やり詰め込むとルインも陥落した。一口食べれば、この絶品肉に文句など言えるはずもない。
双子はバリアの中で、小さく切り分けてもらった肉をハムスターのように一心不乱に齧っている。
その異様な光景を、遠巻きに見ていた騎士たちが青ざめた顔でヒソヒソと噂していた。
「おい見ろよ……あいつら、そのまま魔物を食ってるぞ……」
「人間じゃねぇ……」
「これが『第四救護団』……捕食者だ……」
誰が捕食者だ、失敬な。アタシたちはただのグルメな救護団だ。アタシは肉汁が滴る口を拭い、盛大にゲップをした。満腹だ。そして、懐にはネネが剥ぎ取った素材(換金アイテム)がたっぷりとある。
「……悪くない。戦場も捨てたもんじゃないな」
アタシは白衣を翻し、ルインに言った。
こうして、ワイバーン襲撃事件は、アタシたちの胃袋と懐を潤して幕を閉じた。
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