第13話 空襲警報! 飛竜とサボりの団長
キィィィィィィン!!
鼓膜を直接針で刺されたような、金属質の高い警報音が王都の空気を引き裂いた。
いつもの「ウゥゥゥ」というサイレンとは違う。もっと神経を逆撫でする、切迫した死の音。
これは――「空襲警報」だ。
「あー……うるっせぇなぁ!!」
アタシは枕を部屋の壁に全力で投げ飛ばし、バネ仕掛けのように跳ね起きた。
極上のまどろみ、至福の昼寝タイム(※勤務中)が、無粋な騒音によって無惨にも破壊された。この瞬間の殺意だけで、魔王くらいなら素手で殺せる自信がある。
バン! と窓を開けて空を睨む。
雲ひとつない青空に、数個の黒い点がハエのように旋回しているのが見えた。
「……鳥?いや、デカいな」
「飛竜ですよアリス!!早く準備して!」
バンッ! と扉が開き、ルインが真っ青な顔で部屋に飛び込んできた。
ワイバーン。空飛ぶトカゲ。口から火を吐き、上空から一方的に攻撃してくる、歩兵にとって最悪の天敵だ。
「ワイバーンだぁ?んなもん、王宮騎士団の『弓部隊』か『魔導部隊』の仕事だろ? アタシら救護団が出る幕じゃねぇよ」
「それが、敵の数が多すぎて防衛ラインが突破されたんだ! 城壁内の市街地に被害が出てる!」
「……チッ。モンスターも有給とれよ」
アタシは盛大な舌打ちをして、ソファの背もたれにかけてあった白衣をひっつかんだ。袖を通すと、ズシリと重い「労働」の感触が肩にのしかかった。
【王都・市街地広場】
現場は地獄の釜の蓋が開いたような有様だった。上空を旋回する3匹のワイバーンが、ハンティングを楽しむ猛禽類のように交互に急降下しては、赤い火球を吐き散らしている。石畳が焼け焦げ、露店が燃え上がり、黒煙が視界を遮る。
「逃げろぉぉ!」
「熱い!建物が燃えてる!」
逃げ惑う市民と、バケツリレーで消火に追われる兵士たち。地上からは散発的に弓矢や魔法が放たれているが、素早く飛び回るワイバーンにはかすりもしない。ただの目眩ましだ。
「ヒャハハ!燃えろ燃えろぉ!」
ワイバーンの背中には、小柄なゴブリンライダーが乗っていた。どうやら野生の獣ではなく、何者かに統率された部隊らしい。あの下品な笑い声が、アタシのイライラゲージを加速させる。
「到着したよ。……うわぁ、熱そうだねぇ」
そんな阿鼻叫喚の中、ヒルダ団長が馬車を降り、ダルそうにタバコに火をつけた。目の前で街が燃えているのに、まるで他人事。隣町のボヤ騒ぎを見ているような虚ろな目だ。
「団長!呑気にタバコ吸ってる場合か!あんたのそのバカ高い魔力で撃ち落としてくれよ!」
アタシが抗議すると、団長はふぅーっと長く紫煙を吐き出した。
「無理」
「は?」
「私の契約は『地上の救護』及び『部隊の指揮』だ。対空戦闘は管轄外。それに、首が痛くなるから上を向くのは嫌いなんだ」
「この給料泥棒!!」
アタシが喚いている間にも、ヒュルルル……と風切り音が迫る。火球がすぐ近くに着弾した。
「キャァァァ!」
逃げ遅れた子供の元へ、爆炎が迫る。アタシが飛び出すより速く、巨体が動いた。
「危ない!チコ、リコ! 仕事よ!」
「嫌だぁぁぁ!空からトカゲがぁぁ!」
ボーグさんが泣き叫ぶ双子の入ったカプセルを抱えてスライディングし、子供の前に躍り出る。
「『絶対拒絶領域』!!」
ボォォォォン!!
展開された黄金の球体が、灼熱の爆炎を完全にシャットアウトした。煙が晴れると、そこには無傷のボーグと子供。さすがの防御力だ。
だが――
「くそっ、防戦一方じゃねぇか!」
アタシはギリリと歯噛みした。守ることはできても、敵は空。絶対的な「高さ」という安全圏にいる。
アタシの頭突きも、蹴りも、罵倒も届かない。人間にとって、空中の敵ほど相性の悪い相手はいない。
「おい上空のトカゲ共!降りてこい!タイマン張らせろ!」
アタシが地団駄を踏んで拳を振り上げると、ワイバーンに乗ったゴブリンがニヤニヤと見下ろしてゲラゲラと笑った。
「ケケケッ!バカな人間め!こっちは高みの見物だ!死ねェ!」
ゴブリンが槍を投げてくる。
アタシは白衣でそれをパァンと弾いたが、イライラは頂点に達して限界値を突破した。高いところから一方的に攻撃されるのが、こんなに腹立つとは。
「……あー、もう。我慢の限界だ」
アタシの中で何かが吹っ切れた。届かないなら、届くところまで行けばいい。単純な物理法則だ。そのまま白衣の裾をなびかせ、ボーグの元へ走った。
「ボーグ!手、組んで!」
「え?アリスちゃん?何をするの?」
「いいから!砲台になって!」
アタシはボーグの前に立ち、彼が組んだ両手の上に迷わず足を乗せた。チアリーディングのリフトアップの体勢。ただし、これから行うのは応援ではない。迎撃だ。
「ルイン!落下地点の計算しろ!風向きは!?」
「えっ!? ま、まさか……飛ぶ気ですか!? 無茶です! 人間は空を飛びません!」
「うるせぇ!座標を言え!」
「……ほ、北北西!仰角60度!距離40メートル!でもタイミングがシビアすぎる!」
ルインが眼鏡を押さえながら、半泣きで叫ぶ。
上等。十分だ。
「ボーグ!そのバカでかい筋肉、飾りじゃねぇよな!?」
「失礼ねぇ!アタクシの筋肉は芸術よ!毎日のプロテインを舐めないで!」
「だったら見せてみろよ!アタシを……あのトカゲの鼻先まで届けろォォォ!!」
アタシは膝を曲げ、限界まで溜めを作った。足の裏から、ボーグさんの丸太のような腕の筋肉が、圧縮されたバネのようにブチブチと音を立てて膨張するのが伝わってくる。
「あらあら、仕方ない子ねぇ……。行ってらっしゃい、ロケット娘ェッ!!」
ドォォォォォォン!!
大砲の発射音のような衝撃波と共に、アタシの体は空へと射出された。
重力が消失する。
白衣が翼のようにバタバタと激しく音を立て、景色が一瞬で遠ざかる。
風が顔を叩く。内臓が浮き上がる。これだ。このスピードだ。
「ケッ?なんだありゃ……?」
上空で笑っていたゴブリンが、目を丸くして下を見た。
その視界の先。白い弾丸となったアタシが、重力を置き去りにして、鬼の形相で迫っていた。
「よぉ、待たせたな。腹減っただろ?出前だ」
アタシは空中で体をひねり、最高到達点――ワイバーンの鼻先でピタリと静止(滞空)した。ゴブリンと目が合う。恐怖に見開かれた瞳に、アタシの笑顔が映る。
「地上より高い場所に立ってんじゃねぇよ、爬虫類」
アタシは全体重と、上昇の運動エネルギー、そして今日の睡眠不足の恨みを全て額に込めた。
「『地対空・迎撃ミサイル・ヘッドバット』ォォォ!!」
ゴシャァァァァン!!
空中で爆発音がした。肉と骨が砕ける、生々しい音。ワイバーンの硬い頭蓋骨が粉砕され、白目を剥いて墜落していく。
「ギャァァァァ!?」
ゴブリンが宙に放り出される横で、アタシもまた浮遊感を失い、重力という現実に引かれて落下を始めた。
「……あ、やべ。着地のこと考えてなかった」
地上40メートル。
下を見れば、豆粒のようなルインたちがアタシを見上げている。風の音が、上昇時の「ヒュンッ」という鋭い音から、落下の「ゴォォォ」という絶望的な音に変わる。
いくら白衣があっても、この高さから落ちればタダでは済まない。いや、普通にミンチだ。
「ルイン!ボーグ!なんとかしろぉぉぉ!」
「無計画すぎるだろバカァァァ!!」
ルインの悲痛な絶叫が響く中、アタシは手足をバタつかせながら、真っ逆さまに墜落していった。
こうして、「対空戦闘」の可能性が証明されたが、代償としてアタシの命(とルインの胃)が最大の危機を迎えることになった。
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