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アタシたち第四救護団!~頭を使う戦場の天使は回復魔法ゼロで駆け抜ける~  作者: 夕姫


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第11話 エリート騎士団との合同演習

 

 その通達は、いつものように唐突に、そして平穏を破壊するようにやって来た。


「えー、本日午後より、第一騎士団との『合同救護演習』がある」


 朝のミーティング(という名の公認サボり時間)。


 古びたソファに沈み込み、二度寝の泥沼に片足をつっこんでいたアタシの耳に、ヒルダ団長の気の抜けた声が届く。


 アタシは重たい瞼をこじ開け、片目だけで団長を睨んだ。


「……は? 第一騎士団って、あの無駄にキラキラしたエリート集団?」


「そう。王国の花形。君を『品がない』って不合格にした連中さ」


 団長がニヤリと人の悪い笑みを浮かべ、紙切れをヒラヒラさせる。その瞬間、眠気は霧散し、代わりにどす黒い感情が胃の底から湧き上がってきた。


 アタシはガバッと音を立てて起き上がった。


「行かねぇよ!あいつら、アタシのこと『野蛮なゴリラ』を見る目で見るんだぞ!精神衛生上よろしくない!」


「残念だけど強制参加だ。上層部が『第四救護団の実力を査定する』とか言っててねぇ。……ま、適当にやってきな」


 団長は「私は見学(昼寝)するけど」と付け加え、紫煙をくゆらせた。この人はいつもそうだ。面倒事は全部部下に丸投げする。


 隣では、ルインが胃薬の瓶をラッパ飲みしながら、この世の終わりのような顔をしていた。


「胃が痛い……。第一騎士団は、規則にうるさい『騎士道の塊』みたいな人たちだ。僕らみたいな変人集団が行ったら、絶対に揉める……」


 ルインの予知能力は、こういう悪い時だけ百発百中だ。


 アタシは盛大なため息をつき、ソファのクッションに八つ当たりのパンチを沈めた。


 【王宮・第1演習場】

 雲ひとつない晴天の下、演習場には、目が痛くなるほど磨き上げられた白銀の鎧を着た騎士たちが整列していた。


 定規で測ったような一糸乱れぬ隊列。風にはためく美しい紋章旗。


 まるで絵画の世界だ。実戦の泥臭さなど微塵も感じさせない、完成された「見世物」。


 その横に、アタシたち第四救護団が並ぶ。


 だらしなく白衣を着崩したアタシ、猫背で胃を押さえるルイン、フリフリエプロン姿の巨人ボーグ、虚空の植物に話しかけるネネ、バリアの中に引きこもってゲームをしている双子。


 ……客観的に見ても酷い。サーカス団と正規軍どころか、「魔王軍の幹部と村人A」くらいの格差がある。


「貴様らが第四救護団か」


 頭上から降ってきた声に顔を上げると、白馬に跨った男が見下ろしていた。


 第一騎士団の隊長、キザ・ド・エリート(仮名)。


 以前、試験会場でアタシの戦闘スタイルを見て「品がない」と鼻で笑い、不合格の烙印を押した張本人だ。顔の造作は悪くないが、滲み出る選民思想が全てを台無しにしている。


「フン。掃き溜め部隊らしく、薄汚い格好だ。……特にそこの新人。試験に落ちた腹いせで、神聖な訓練を汚さないでくれたまえよ?」


 キザ隊長がアタシを見て、侮蔑の色を隠そうともせずに嘲笑う。


 プチン。


 アタシのこめかみで、何かが切れる音がした。


(……上等だ。今日という日を、テメェの命日にしてやる)


 アタシが無意識に拳を握りしめ、地面を踏み砕こうとした瞬間、ボーグが「メッ!よ♡」と太い指でアタシの肩を掴んだ。ギリギリで理性が繋ぎ止められる。


「今回の演習内容は『負傷者の救出』だ!」


 キザ隊長が演習場全体に響く声で高らかに宣言する。


「演習場の奥にある『砦』に、負傷者役の人形を配置した。我々第一騎士団が先行し、道中の魔物(召喚獣)を排除する。貴様ら救護団は、我々の後ろから『安全に』ついてきて、人形を回収すればいい。……足手まといにだけはなるなよ?」


 要するに、「俺たちがカッコよく戦うから、お前らは後ろで指をくわえて見てろ」ということだ。騎士団の引き立て役になれ、と。


 ルインが「は、はい! 承知しました!」とペコペコ頭を下げる姿が痛々しい。アタシは、誰に遠慮することもなく、盛大な舌打ちを鳴らした。


 演習開始の合図が鳴った。


「全軍、前進! 美しく隊列を維持せよ!」


 第一騎士団が進軍を開始する。


 ガシャン、ガシャン、と金属音が揃って響く。さすがエリート、盾を構える角度まで統一されていて綺麗だ。


 だが――遅い。


 亀か?亀の行進なのか?


「……なぁルイン。あいつら、牛歩戦術か何かやってんのか?」


「しっ! 声が大きい! 慎重に進んでるんだよ!」


 アタシたちは最後尾でダラダラと歩いていた。散歩でももっと速く歩く。前方では、騎士たちが召喚されたゴブリン数匹相手に、無駄に派手な剣技を披露している。


「はぁっ! 第一騎士団流・十字斬り!」


「見よ! この華麗なる剣捌き!」


 いちいちポーズを決める。剣を振るたびにマントを翻す。


 無駄が多い。多すぎる。一撃で済むところを三撃使い、さらに決めポーズで五秒ロスしている。


「あー……暇だ」


 アタシは大きくあくびをした。このままだと、おやつの時間までに終わらないどころか、日が暮れてしまう。


 それに、だ。


 この演習設定、「負傷者の救出」だろ?


 あんなにチンタラしてたら、出血多量で患者(人形)が死ぬぞ。人形だから文句は言わないだろうが、アタシの中の「救護員としての本能」が警鐘を鳴らしている。


 いや、正直に言おう。


 ただ単に、イライラが限界を超えただけだ。


「……おいボーグ。双子を貸せ」


「あら、アリスちゃん?我慢できないの?♡」


「ああ。教育的指導カチコミの時間だ」


 アタシは白衣の袖を荒々しく捲り上げ、前に出た。


 ルインが「あっ! 待てアリス!」と叫ぶ声が聞こえるが、もう遅い。アタシのエンジンはトップギアに入ってしまった。


「おいエリート共!道が狭いんだよ!どけぇぇ!!」


 アタシはボーグさんから受け取った、双子が入った球体状の「絶対防御バリア」を抱え上げると、第一騎士団のど真ん中に向かって助走をつけた。


「なっ!? 貴様、何をする気……」


「『救急車両・緊急走行』ォォォ!!」


 ズドンッ!!


 アタシはバリアを地面スレスレに投げ込む「グラウンダー・ボウリング」を放った。質量を持った光の球体は、唸りを上げて地面を滑走し、騎士たちの足元を豪快にすくい上げた。


 美しい隊列?知ったことか。


「うわぁぁぁ!?」


「隊列が乱れるぅぅ!」


 ガシャンガシャンと音を立てて転がりまくるエリート騎士たち。綺麗なドミノ倒しだ。これぞ芸術。その無様な背中を、アタシは白衣を翻して踏み越えていく。


「おっそい!患者が死んだらどうすんだ!」


「き、貴様ぁ!演習のルールを無視する気か!」


 倒れた馬の陰から、キザ隊長が顔を真っ赤にして叫ぶ。アタシは走りながら、心の中で特大の中指を立てた。


「ルール? 知らねぇよ。『助けること』以外に優先順位があんのかよ!」


 アタシは風を切って一気に最前線へ躍り出た。


 そこには、演習用のボスとして配置された、見上げるような巨躯のオーガが立っていた。


「グルル……!」


「邪魔だデカブツ!」


 アタシは減速しない。ブレーキなんて最初からついていない。オーガが反応して棍棒を振り上げるより速く、その懐に飛び込む。


「『優先順位・一位』!!」


 ドゴォォォォン!!


 全体重と遠心力を乗せた飛び膝蹴りからの、着地同時の頭突き。鈍い衝撃音が演習場に響き渡る。オーガは白目を剥き、断末魔すら上げられずに一撃で沈黙。光の粒子となって霧散した。


 アタシはそのまま勢いを殺さず砦に突入し、奥に置かれていた負傷者役の人形をひっつかんだ。


「回収完了!撤収!」


 アタシは人形を小脇に抱え、呆然としている騎士団の横を風のように駆け抜けた。


 タイムは、歴代最速。


 エリートたちが剣を抜く暇すら与えない、完全勝利だ。


 演習終了後の反省会。


 空気は最悪だった。もちろん、一方的に。


「……というわけで、第四救護団の独断専行により、我が騎士団の隊列は崩壊させられた!これは重大な規律違反だ!」


 キザ隊長が唾を飛ばして抗議している。プライドをへし折られた男の喚き声は、負け犬の遠吠えにしか聞こえない。


 だが、査定官(上層部)のおじいちゃんは、髭を撫でながら静かに言った。


「しかしのぉ。実際の戦場では、あのような不測の事態や、スピードが求められる場面も多い。……何より、人形は『無傷』で、しかも『最速』で回収された」


「ぐぬぬ……!」


 査定官はアタシを見て、ニッコリと笑った。


「第四救護団。粗削りだが、実戦的だ。……合格」


「っっしゃあ!!」


 アタシは拳を突き上げてガッツポーズをした。


 ルインはその場で崩れ落ち、「胃が……胃に穴が……」と呻いているが、まあ生きてるから大丈夫だろう。


 納得がいかないキザ隊長が、アタシに詰め寄ってきた。


「認めん!私は認めんぞ!あんな野蛮なやり方、騎士道に反する!」


 鼻息も荒く睨みつけてくる隊長。アタシは小脇に抱えていた人形をボーグに投げ渡すと、ゆっくりとキザ隊長の目の前まで歩み寄った。身長差はあるが、アタシの放つ威圧感に、隊長が一歩後ずさる。


「騎士道?」


 アタシは冷ややかに鼻を鳴らした。


「アンタらがポーズ決めてる間に、患者は必死に助けを求めてんだよ!死にたくねぇってな!綺麗な鎧も、揃った隊列も結構だ……でもな」


 アタシは汚れた白衣の襟を正し、ニカっと笑った。


「泥だらけで走れる奴の方が、ここでは偉いんだよ。バーカ。出直してこいキザ野郎!」


 背後で隊長が「きぃぃぃ!」と地団駄を踏む音が聞こえる。その音は、アタシにとってどんな賛美歌よりも心地よい、最高のBGMだった。

『面白い!』

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