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アタシたち第四救護団!~頭を使う戦場の天使は回復魔法ゼロで駆け抜ける~  作者: 夕姫


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第10話 貧乏救護団の台所事情と、物理的交渉術

 


 その日の朝、食卓に並んだのは「具なしスープ」と「乾燥したパン」だけだった。


 スープと言えば聞こえはいいが、実態はただの湯に塩と数枚のハーブが浮いているだけの代物だ。パンに至っては、もはや食材というより建材に近い硬度を誇っている。


「……暴動を起こしていいか?」


「我慢してくださいアリス。今は緊急事態なんだ」


 アタシがスプーンをへし曲げそうになるのを、ルインが青い顔で制した。彼の目の下には、以前よりも深いクマが刻まれている。ただでさえ貧弱なモヤシ男が、ここ数日でさらに干からびて見えた。


「先日の『家ごと移動』の一件で、事務所の壁の修繕費が莫大な額になりました。加えて、アリスが壊した備品の請求、ネネが爆発させた実験室の修理代……。我が第四救護団の予算は、今月ですでにマイナスです」


 ルインが電卓を叩く指先が、小刻みに震えている。弾き出される数字を見るたびに、彼の寿命が削れていく音が聞こえるようだ。


 キッチンの方に目をやれば、巨漢のオネエ、ボーグさんが悲しげな背中を丸めて空っぽの冷蔵庫を磨いていた。


「ごめんなさいねぇ。材料さえあれば、アタクシの腕で絶品料理を作れるのだけど……。これじゃあ、魔法使いも MPマッスル・ポイント切れよぉ」


 ボーグの嘆きは、この場の全員の絶望を代弁していた。


「くそっ!飯が不味いのは死活問題だ!」


 アタシはガタッと音を立てて立ち上がった。このふざけた職場に身を置いている唯一にして最大の理由、「美味い飯」が失われた今、アタシの怒りは頂点に達していた。空腹は人を獣に変えると言うが、アタシの場合は災害レベルの獣になる自覚がある。


「おいメガネ。金がないなら、物資を調達してくりゃいいんだろ?」


「調達って……中央の補給倉庫に行っても、うちは『掃き溜め部隊』だからって、いつも後回しにされるんですよ。期限切れのポーションとか、廃棄寸前の野菜しか回してもらえないんです」


 ルインが悔しそうに唇を噛み、細い拳を膝の上で握りしめた。なるほど。ナメられてるわけだ。


 現場で血を流している人間が飢えて、安全な場所でふんぞり返っている連中が肥え太る。どこの世界でも変わらない、腐った構図だ。


「……へぇ。面白ぇじゃん」


 アタシは椅子の背に掛けてあった純白の白衣を羽織り、袖を通した。バサリ、と布が空気を孕む音。これが、今のアタシの戦闘服だ。


「行くぞルイン。アタシがその補給係とやらにご挨拶してやるよ」


「えっ、嫌ですよ!暴力沙汰になったら予算がさらに減る!」

「暴力じゃないよ。『交渉』だ」


 アタシはニヤリと口角を吊り上げた。腹が減っている分、今日の「交渉」はとびきりハードになりそうだ。


 【王宮・中央補給倉庫】

 そこは、国中の騎士団へ物資を配給する巨大な石造りの倉庫だった。


 天井まで届く高い棚、山積みの木箱。その隙間からは、高級な回復薬の煌めきや、新鮮な肉や野菜の瑞々しい色彩が覗いている。漂ってくる濃厚な食料の匂いが、アタシの空っぽの胃袋を強烈に刺激した。


「だから!うちは第四救護団です!優先順位を見直してください!」


 受付カウンターの前で、ルインが必死に頭を下げていた。その声は悲痛だが、悲しいことに迫力のかけらもない。


 その向こう側で、椅子にふんぞり返った小太りの補給官が、面倒くさそうに鼻をほじっている。テカテカと脂ぎった顔は、この国の豊かさと腐敗の両方を象徴しているようだった。


「あー、聞こえないねぇ。君らみたいな『お荷物部隊』には、その硬いパンで十分だろ?欲しけりゃ、そこの床に落ちてる野菜クズでも拾いな」


「そ、そんな……!僕らは最前線で体を張ってるんです!」


「はんっ。どうせ後ろで隠れてるだけの腰抜けだろ?」


 ルインの肩がわななき、拳が白くなるほど握りしめられている。彼は真面目だ。真面目すぎて、こういう理不尽な悪意に対して無力だ。正論が通じない相手に、言葉だけで挑もうなんて無謀すぎる。


(……見てられねぇな)


 アタシは柱の陰から出ることにした。コツ、コツ、とヒールの音を石畳に響かせて歩いていく。


「あらぁ~?随分と楽しそうなお話中ですねぇ♡」


 アタシは白衣をなびかせ、聖女も裸足で逃げ出すような天使の(営業用)スマイルを貼り付けてカウンターに近づいた。


「ん?誰だ、嬢ちゃんは」


「初めましてぇ♡ 第四救護団の新人、アリスですぅ。先輩がいつもお世話になってますぅ」


 声音を3オクターブ上げ、語尾にハートマークを散りばめる。我ながら反吐が出そうな猫撫で声だ。


「ほほう。掃き溜めにもこんな可愛い子がいたとはな」


 補給官がアタシの顔を見て、下卑た笑みを浮かべる。値踏みするような視線が肌にまとわりつくのを感じて、殺意のメーターが跳ね上がった。だが、まだだ。


 アタシはカウンター越しにぐっと身を乗り出し、上目遣いで訴えた。


「あのぉ、補給官様?私たち、お腹が空いてて力が出ないんですぅ。奥にある『特級ビーフ』とか、いただけないですかぁ?」


「ハハハ!特級品は王宮騎士様用だ。君みたいな可愛い子でも、規則は曲げられないなぁ」


 男はニヤニヤしながら、権力を盾に断る優越感に浸っている。


 ああ、そうかい。規則ね。


「そうですかぁ……残念ですぅ」


 アタシは悲しげに長い睫毛を伏せ――そして、分厚い樫の木でできたカウンターの天板に、そっと右手を置いた。


「ところで、補給官様?」


「ん?」


「この倉庫の棚……ちょっと『建て付け』が悪くないですかぁ?」


 ミシッ……。


 静寂な倉庫に、嫌な音が響いた。


 アタシが手を置いている天板。そこに、アタシの五指がゆっくりと、まるで豆腐に突き立てたかのようにメリメリと沈み込んでいく。


「は……?」


 男の目が点になった。事態が理解できていない。


「最近、地震も多いですしぃ。もし、一番奥にある巨大な棚が倒れて、ドミノ倒しになったら……在庫が全滅しちゃいますよねぇ?」


 アタシは満面の笑顔のまま、指先にさらに力を込めた。指が天板を貫通し、カウンター全体がギギギギ……と断末魔のような悲鳴を上げる。木の繊維が弾け飛び、ヒビ割れが蜘蛛の巣のように広がっていく。


「ちょ、ちょっと待て!何をして……!」


「アタシ、不器用なものでぇ。壁にもたれかかっただけで、建物ごと壊しちゃうことがあるんですぅ。……試してみます?」


 アタシは視線を、倉庫の中央を支える太い石柱へと向けた。


 そして、スッと瞳のハイライトを消した。営業用スマイルを剥ぎ取り、地獄の底のような無表情で男を見下ろす。


「肉か、倉庫の崩壊か。……選べよ、デブ」


 ドスの効いた地声。空気が凍りついた。補給官の顔から一瞬で血の気が引いた。脂ぎった顔が、今は死人のように蒼白だ。


 彼は本能で悟ったのだろう。目の前の少女が、白衣を着ただけの猛獣であることに。


「ひぃっ!わ、わかった!肉だ!肉を持っていけ野菜も好きなだけやるから!」


「ありがとうございますぅ♡やっぱりお優しいですねぇ!」


 アタシはパッと笑顔に戻り、ズボッと指を引き抜いた。


 天板には、くっきりと5本の指穴が開いていた。その穴の深さが、アタシたちの「空腹の深さ」だと思い知ればいい。


 帰り道。


 石畳の道を、ガラガラと車輪の音だけが響く。アタシたちは、荷車いっぱいの高級食材を積んで歩いていた。


 さっきまでの意気消沈が嘘のように、ルインが幽霊でも見たような顔でアタシを見ている。


「……アリス。君、本当に何者なんだ?あの補給官、泣いてたぞ」


「ただの新人だよ。ちょっと交渉が得意なだけのね」


 アタシは荷車の上にある真っ赤なリンゴを一つ手に取り、服でキュッと磨いてから齧った。


 シャクッ、という小気味いい音と共に、甘酸っぱい果汁が口いっぱいに広がる。甘い。これが勝利の味だ。今朝の乾燥パンとは雲泥の差だ。


「それにさ、ルイン」


「ん?」


「アンタが頭下げてんの見るの、なんかムカつくんだよ。アンタは先輩で団長代理みてぇなもんだろ?もっと偉そうにしてろ」


 アタシがそっぽを向いて言うと、ルインは一瞬きょとんとして、それからふっと力が抜けたように苦笑した。


「……はは。偉そうにするには、胃が弱すぎてね」


「だっせぇの」


 その日の夕食は、ボーグさん特製の「特級ビーフステーキ」だった。ジューシーな肉汁、香ばしい焼き目、とろけるような脂の甘み。


 アタシも、ルインも、双子も、ネネも、全員が無言で貪り食った。「美味しい」と言う時間すら惜しい。ただひたすらに、命を胃袋に詰め込む作業に没頭した。


 予算の問題は解決していないが、とりあえず今日の空腹は満たされた。


 こうして、アタシの「物理的交渉術」の噂は城内に広まり、第四救護団への嫌がらせは(報復による建物の崩壊を恐れて)激減することになったのだった。

『面白い!』

『続きが気になるな』


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